雍正帝

 雍正帝(ようせいてい)は、清の第5代皇帝。
 宮崎一定さんの著書を読んで、この人に興味を持ち、東洋史が好きになり、ひいては世界史まで好きになった。

 高校のころは、世界史と言えば昼寝の時間だったが・・・。

 この雍正帝という人は、ヨーロッパを含む世界中に賢帝として名をとどろかせた康熙帝の4男。
 また、この人の4男が、清王朝の最盛期と呼ばれる時代を築いた乾隆帝。

 間で地味だが、面白い人である。

雍正帝は単なる恐怖政治家ではなく、史上まれに見る勤勉な皇帝であった。毎日夜遅くまで政務に当たり、大量の上奏文にいちいち目を通し、全て自分で硃批(中国語版)(皇帝自身による朱墨による諾否、その他の書き込み)を満洲語で書かれた上奏文なら満洲語で、漢文で書かれた上奏文なら漢文で書き込み、一日の睡眠時間は4時間に満たなかったという。前記の密偵もただ監視をするだけではなく、地方官に業績の優れた者がいればこれを褒賞した。
また、民衆の手本として自ら倹約に努めている。書き物をする時に重要なものでなければ紙を裏返して使い、地方官が手紙を皇帝に送るときに綾絹を用いると「なぜこんな無駄なことをするのか」と言い、紙を使わせた。政治の最高機関である軍機処の建物もみすぼらしいバラックのような建物であった。


 史上まれに見る勤勉な皇帝。
 睡眠時間は4時間。
 裏紙を使った。
 質素な食事。
 軍機処はバラック・・・・。

 身近にいてほしくない人だが、興味は深深。なぜこういう人ができたのか。

 基本的に独裁者というのいは忙しい。人に任せられないから。ではなぜそんなものになりたがるのか。ならなければ命が危ういから。命が危ういのは、自分が独裁者にならなければ、独裁者になった他者から殺されるから。それから・・・・。

 この人が市井に生まれていたらどんな人になっていただろう。想像はつくのである。
 
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# by mayumi-senba | 2015-01-02 08:50 | 世間のこと

変わるわね

二十数年前に真っ赤な顔をして生まれてきた姪っ子が、赤ん坊を育てながら、切子作家をしている。あ、忘れかけたが夫もいる。

欲目なのかセンスがよい。

注文したがなかなか商品は届かず、というのも、結構ファンがいるので、おばさんは後回しになってるらしい。

こんなこと、読んで誰が面白いだろうか。しかし私は面白くて書かずにはいられない。

あの、手の動かし方がわからずに、意味のない動きを繰り返してばかりいた赤ん坊(当たり前だ)だった子が、いまや繊細な工芸品を作っている。

考えてみれば息子は、鱧好きのあまり自分でさばいたりしている。仕事をして給料ももらっている。

そういえば私も、父にそっくりで残念な顔立ちの赤ん坊だったが、今や、「先生」などと呼ばれている。生涯で言えば、「先生」と呼ばれた回数が最も多いのではないか。もはや、私を名前で呼ぶ人は、年長の親戚のみ。10人いるだろうか。

赤ん坊は、生きていれば年をとり、体も心も環境も刻々と変わる。

当たり前だが、私には不思議で面白いのである。
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# by mayumi-senba | 2014-11-12 22:02 | 疑問のまま

醍醐味は続く

お久しぶりです。

何年も放置してお久しぶりもあったものではないが、書いてみたくなった。

また息子が面白い。親ばかですが許してほしい。

就職して3年目、今年に入ってから愚痴の電話ばかりかかってくるので、
「母さんはカウンセラーでもないし、飲み屋のママさんでもない。相談なら乗るが、愚痴のための愚痴ならやめて頂戴。アドラーでも読め。」
といって放置したら、今度は電話をかけても出ないで、
「用事はメールにしてくれ。」
とのメール。

心配をまったくしなかったといえば嘘になるが、放置しておいた。

そしてある日、
「アドラーを読めと言った理由がわかった。」
とメールがあったが、どうよかったのかさっぱり。
「それはよかった。」
と返事しておいた。

先月末に突然我が家に帰ってきて、リラックスの限りを尽くし、好きなものを好きなだけ食べて仕事に戻っていった。

「自分の守り方がわかった。」
というのだ。話を聞くとそれでも相当無防備だが、「憤怒に身を焼く、」という状態から、「とりあえず自分の身だけは守る必要があるということに気がついた」らしい。

よいことである。

もともと音楽好きだが、音楽の聴き比べをはじめたというのだ。同じ曲を違うプレイヤーで。
その集中は、クールダウンによいだろう。

自分の出す企画が時に通ることがあるらしいが、通らないほうにばかり目が言っている。そして苦しんでいるようだが、たとえば10に1つ通れば、塵のように積もってくる「通ったものの積み重ね」の価値が見えていないらしい。今現在の打率にのみ注意がいっている。ただ、セルフコントロールを身に着けようとだけはしている、という段階のようである。

今までよくもこれほどわがままに生きてこれたものだ、と感心もするのである。

ある日自分の実績と仕事のしやすさが増していることに気がつく日が来るだろう。楽しみである。

子どもというのは、もしかしたら、働き始めてからが一番醍醐味があるのではないかと思われるのである。
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# by mayumi-senba | 2014-11-06 19:13 | 息子

大震災以降

 3月11日以降人生観が変わった。

どう問われると困るけど、次の世代の人に申し訳ないことをした。こんないい加減で危ないものを止めることができなかった私たち世代である。

次の世界にこんなものを継いでもらうのか。情けない。
死ぬまでにエネルぎー政策を根本から変えてでないと死んでも死にきれない。

第2次大戦が終わったとときってこんな感じなんだろうな。
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# by mayumi-senba | 2011-05-13 00:15 | 自分のこと

心にズドン…90歳の老人が語る45の人生の教訓

ここ

1. 人生は公平では無いけれど、それでもいいものだ。

2. 疑わしいときは、次の一歩は小さく歩もう。

3. 誰かを嫌うには人生は短すぎる。

4. 病気になると仕事は自分の面倒をみてくれない。友人や家族がしてくれるのだから連絡を取っておこう。

5. クレジットカードの支払いは毎月全額支払っておくのだ。

6. すべての口論に勝たなくていい。反論にも賛成してみよう。

7. 誰かと一緒に泣こう。一人で泣くより楽になる。

8. 神様に怒っていい。彼なら受け入れてくれる。

9. 初めての給料から、老後の蓄えを始めよう。

10. チョコレートに関しては抵抗は無駄だ。

11. 「過去」と平和を維持していれば、「現在」をダメにすることはない。

12. 自分の子供に泣いているところを見られたってよい。

13. 他人の人生と比べるな。人がどんな軌跡をたどったのかなど、分かりはしないのだから。

14. もしその関係が人に言えないのなら、関わるべきではない。

15. すべてのことは一瞬のうちに変わるが、心配しなくてもよい。神は見ている。

16. 深呼吸をしよう。心が落ち着く。

17. 使えないもの、美しくないもの、楽しくないものは、何でも取り除こう。

18. もし死なずに助かったときは自分を強くする。

19. 子供時代のような幸せを持つのに遅すぎるということはない。ただし2度目は他人の力に依存してではなく自分次第である。

20. 自分の好きなことを追い求めるとき、自分の出した答えに拒否を示すな。

21. キャンドルを灯し、シーツを新しくし、素敵な下着をつける。特別な日のためにとっておくのではない。今日という日こそが特別なのだ。

22. 準備をぬかりなく、そして、なるように、ありのままに。

23. 今、変人になろう。歳を取るのを待ってから紫色の服を着なくてもよい。

24. 夜の秘め事をする上で、一番大事な機能は脳である。

25. 幸せになる上での責任は、自分自身以外にない。

26. どんな災いも、次のセリフで閉じ込めてしまえ。「5年経ったらこれはそれほど大事なことなのか?」

27. いつも「生(せい)」を選ぼう。

28. 何でも誰でも許そう。

29. 他人が自分を何と思おうと、知ったことではない。

30. 時間はどんなことさえも癒す。時間を与えよ。

31. どんな良いことも悪いことも、変わる。

32. 自分のことを、まじめに捉え過ぎる必要はない。他の誰も気にしてしない。

33. 奇跡を信じよう。

34. 神様は神様だから愛してくれる。何をしたか何をしなかったかではない。

35. 人生を計算するな。参加して今を楽しもう。

36. どんどん年齢を重ねることは、その反対よりずっといい。 若くして死ぬよりだ。

37. あなたの子供の子供時代は1度きりだ。

38. 最終的に真に大事なことは、愛したということ。

39. 毎日外に出よう。奇跡はあちこちで待っている。

40. もし皆がトラブルを山のように捨てたとして、他人のと見比べたら自分のは持ち帰ろうと思うものだ。

41. うらやましがることは時間の無駄である。もうすでに必要なものは持っているものだ。

42. 最高のときはこれから来る。

43. どんな気持ちになろうとも、起き上がって、着替えて、そして姿を見せよう。

44. 恵みなさい。

45. 人生はリボンで結ばれているわけではないが、それでもギフトである。
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# by mayumi-senba | 2011-01-23 13:46 | 世間のこと

お正月が終わる

  年越しは、大粒の牡蠣をいただいたので燻製にして、それでスコッチなめなめ過ごしたのでした。

  でももうお正月休みは終わろうとしています。

  マイケル・サンデルの白熱教室は、がんばってみたけど、今回もだいぶ見のがしてしまいました。あんな時間帯は無理ってものです。

  正月も、カントのことも夢のまた夢・・・。

  明日から仕事だ!
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# by mayumi-senba | 2011-01-03 22:13 | 自分のこと

うちの嫁に

楽しい電車

 私はただの一度も経験はないが、私の世代ではまだこんなことが現実にあった。親御さんに気に入られて、「ぜひうちの息子の嫁に。」と請われて嫁ぐ、というようなことだ。

 実際、私の小学校の頃の友達が、勤務先の銀行で取引先の資産家に見染められ、「孫の嫁に」と請われて交際が始まり、ついに結婚したのだ。

 当時の私にとって、そんな結婚は信じられないことだった。請われもしないで言うのもなんだが、そんなことで相手の男性が結婚してもいいと思えるほど好きになれるだろうか、と訝しかったのだ。

 そんなことをいう親や祖父母もどんな気持ちで言うんだろうと思っていた。

 が、一昨日私は理解したのだ。

 「こんな子が息子の妻になってくれたら・・・・・。」

 名前も聞かずに別れたのは、私なりの抑制だった。
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# by mayumi-senba | 2010-12-27 21:26 | 自分のこと

楽しい電車

  昨日、遠方で忘年会があり、久しぶりに電車を使った。

 帰りの電車の中で、酔った男のこえで、
  「・・・・・・んか、わりゃ。」
とか、
  「・・・・・・ぞ、ほんま。」
とか、言葉だけ聞くと今にも大喧嘩が始まりそうな応酬だった。でも、私には勢いの弱いおしっこの掛け合いをだらだらしているようにしか聞こえなかった。
 
  私のとなりに座っている若い女性が心配なのかそわそわし始めたので、
  「あれは心配しなくてもいいわ。あの酔い方だと大した喧嘩にならないし、本気でやる気なら、もうとっくに始まってるから。」
と、私は言った。彼女は、
 「喧嘩が始まったら非常ボタンを押そうかと思ってたんです。」
と言った。私は彼女に好感を持った。見て見ぬ振りができない子なんだ。

 ふと気がつくと、私と彼女の座っている席はシルバーシートだった。
 「あら、ここはシルバーシートだったのね。気がつかなかったわ。」
というと、
 「この席は、必要な人が乗ってこられたら立って席を譲る気持ちのある人が座ればいいんです。」
と彼女はほほ笑みながら言った。私はさらに彼女が好きになって、私が男性だったら即刻デートに誘うな、なんて思いながら、
 「そう考えればいいのね。ありがとう。」
というと、
 「私もある人からそう教えられてからこの席に座るようになったんです。」
と、もっと愛らしい笑顔で答えてくれた。

 そのあと少し楽しい会話が続いたが、横川駅で二人とも降りて、それぞれの行く方向に向かった。私はとてもあたたかく名残惜しい心持ちだった。

 
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# by mayumi-senba | 2010-12-26 18:22 | 世間のこと

想像してみる

  今話題の大桃さんと麻木さんはどちらも好きなタレントさん。
 
  騒ぎの内容の細部は知らないが、大桃さんが麻木さんと元夫の交際をツイッターに書き込んだとのこと。

  今回のことは、二人が男性であればどういう評価を受けただろうと考えてみるのも大事な視点だと思う。

  どちらかというと、大桃さんがアウトかな。法律的にどうかということではなく、あくまでも周囲の評価という点では。
  
  いや、よく考えてみると、正直なところ、私は大桃さんにちょっとがっかりしている。そんなことで騒ぎ立てるな、といいたい気分。
 
  二人の才能をこんなことでつぶして欲しくない。

  元夫は・・・・、あまり関心がない。


  
  
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# by mayumi-senba | 2010-12-26 02:59 | 世間のこと

怒る能力

 思春期にある理由で激しく両親に対して恨みを持ち、そのまま大人になって50代になった人がいる。

 理由を聞けば、恨みを持つのも無理はない、と私も思う。

 その人と話をすると、他の話であっても、窮屈で息が苦しくなる。
 恨みや怒りがそこここに顔を出しているので、心に無用な波が立つのだ。

 職業柄、私はそんなときに比較的冷静に話せるようになっているが、その人と友人になれるかというとそれはしんどい。

 人は恨みや怒りを反芻すると、恨んだり怒ったりする能力が発達するようだ。

 それはあたかも、何かのきっかけで算数がすきになり、算数ばかり勉強していて、ほんとうに算数が得意になるようなものだ。

 怒る能力は必要であると思う。また、それを、必要に応じて昇華させる能力も必要であるが、ただ単に怒るというようなことも必要だと思う。

 まったく怒りを表さない人を見ると、それはそれで気持ちが悪い。自覚的であろうとなかろうと、人間に怒りがないはずがないからだ。表し方を知らないのではないだろうかと思う。心か体を病むのではないか、すでに病んでいるのではないか、と思うこともある。

 しかし、怒りや恨みにあまりに親和的になってしまっている人を見て、失礼ながら気の毒で仕方がない。好きでそうなったのではなくて、周りにそれを和らげてくれる大人がいない環境で育ってしまったということが大きい。彼にはもしかしたら、もっと別の才能を開花させる素質があったかもしれない。

 私はつくづく、生まれ持った才能の総和について、実に神様は平等であると思う。
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# by mayumi-senba | 2010-12-23 09:01 | 世間のこと

政治家

  こんな人が政治家になってくれればいいな、と思われる人がいる。

  ところがそんな人は政治家になろうとつゆも考えていない。たぶん政治というものがどれほどややこしく、物事を簡単に考えたら結果がまったく別のものになってしまうことを、感覚的に知っているから、自分の手に負えるものではないと考えているだろうと思う。

 たぶん、もともと、手に負える、と実感できるようなものではないのだ。

 政治家の中で、「大政治家」と呼ばれる人は、そんな人の中でタフな人が政治家になった結果であって、それ以外の「政治家」は、頭の構造が普通よりすこし単純だから政治家になろうと考えることができたのではないか、と思えてしまう。

 政治家は悪党で構わない。結果国民が幸せになればよいのである。
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# by mayumi-senba | 2010-12-19 08:30 | 世間のこと

ツイッター

  毎日メールをチェックするように、ツイッターをチェックしている。

  記者会見を初めから終わりまで見ることのできるサイトへのリンクが張られていて、報道されている内容が一次情報とどれほど隔たりがあるかということが、わかる。

 我々がすべての一次情報にふれることは物理的に不可能だが、ときどきそのメディアが、何を隠し何を強調しているかということがチェックできる。

 それどころか、全くの「ウソ」まで、意図的に報道されていることが分かる。

 誰かがぶつぶつ言っているのを、暇にまかせて読んでいるわけではない。
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# by mayumi-senba | 2010-05-31 20:38 | 世間のこと

メールはこちらに

使えるようになりました。
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# by mayumi-senba | 2010-04-27 20:30

メールの不具合

  「メールはこちら」のメルアドは、goomail のものですが、今不具合です。今までメールいただいた方すみません。誰からか、中身は何かもわかりません。どうも不具合のようです。

  何かあればコメント欄をお使いください。
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# by mayumi-senba | 2010-04-08 19:36 | 出来事

本日謝恩会

  今日は、謝恩されてきた。

  スライドで思い出のシーンを流してるときに女の子たちが泣いてる野を見てもらい泣き。
 
  なんて涙もろくなってしまったんだろう。

  みんな頑張ってね!勝負はこれから!
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# by mayumi-senba | 2010-03-10 00:36 | 出来事

思い出し笑い

 
老視(ろうし)は、目の障害の一つ。老眼(ろうがん)とも呼ばれるが、老視が正式名称。
加齢により水晶体の弾性が失われて調節力が弱まり、近くのものに焦点を合わせることができなくなってくる。
40代から60代初めに自覚されることが多いが、実際には20歳前後から調節力の減少は始まっており、日常生活で字を読む時の距離である30cm前後が見えにくくなるのが、この辺の年齢であるとい

                                              wikipedia

老眼と命名した人が意図したかどうかは知らないが、よい名であると思う。

  40代になるとそろそろ、老いることそしていずれ死にゆくことを覚悟しなければならないが、老眼を自覚した時、老眼だ、と思う、そのことが老いの一歩として一段踏みあがる感じ。

  それから少しずつに老いを自覚させられることが身に起こってくるが、これは徐々に死を受け入れるための準備期間として用意してもらっているような気がする。

  老衰、という死亡診断書を書く時、その穏やかな死は、丁寧に生きた人生への祝福のように思える。

  子どものころ、日々死ぬその日に近付いているのに、そんなことは全く考えていないように見えた大人たちだが、そんな大人たちの多くがこの世を去った。

  祖父母、両親とも、死ぬその日まで死を恐れる様子がなかった。

  そのわけをわたしはもう知っている。

  今日、twitterで@言葉botから送られたことば。

  「死ぬ前に思い出し笑い」
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# by mayumi-senba | 2010-03-06 00:28 | 自分のこと

さかさまのR

・・・主義

 この記事には、よくわけのわからないコメントが付く。Rが左右逆になってるので、ロシア語かもしれないがわからない。

 なんでだろう。
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# by mayumi-senba | 2010-03-04 20:55 | 世間のこと

習い事

 小学校のころ、お習字を習っていて、というのは言い過ぎで、一回お習字教室に行って、確か「水玉」という字を書いた。その次のときから、お習字にいく振りをして遊びにいっていたら、1か月ほどして母にこっぴどく叱られた。

 バレるに決まっているのにどうしてあんなことをしていたんだろう。

 どんな気持ちで遊んでいたんだろう。
 思い出せないが、どんなに楽しくても、どこかにやるせなさを抱えていただろうな。
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# by mayumi-senba | 2010-03-03 21:24 | 自分のこと

叱られ方の考察

  久し振りに、ちょっと用事があったついでに息子と少し長電話。

  昨日友人たちと、親からどのように叱られてきたかということを話したらしい。

  「僕はすっごい叱られてきたよ。」
と言ったらしい。正しい。私はほんとによく叱っていた。

 よその子のお母さんから、 
 「お宅は叱らないんですか。」
と言われたことが何度かある。そんなことないのである。叱りどころ満載なんだから。

 そのことを息子に言うと、
 「それは現場を知らない人間のいうことだな。」
と、冷静な分析。なんじゃそれ。

 で、その昨日の息子たちの会話の中で、
 「あらかじめ何をしたら叱られるかということが明示的になっている家庭と、事後的に叱られることを教えられる家庭がある。」
ということがわかった、らしい。

 うちは、基本的に事後的に叱ってきた。

 何をしでかすかわからないからである。明示的にできる範囲は遥かに超えているに決まっている。と私は思ってきたが、そうでもないようだ。

 例えば、叱る、といっても、私はたいてい
 「なんてことをするんだ!」
とか、
 「なんてことを言うんだ!」
と、許容範囲を超えたときに叱ってきたわけだが、この場合は、これ以上のことをしたら、とか、こんなことをしたら、というような境界を明示するのは困難である。360度で何をどれだけするかということはあらかじめ予想が立たない。

 未経験の人は
 「そんなことないでしょう。」
と思うかもしれないが、ほんとに何をしでかすかわからないのだ。

 しかし、
 「これをしなさい。しないと叱るよ。」
ということなら明示できる。

 要するに、陽性の行為か陰性の行為か、の違いである。

 私だって、
 「これをしなさい。しないと怒るよ。」
ということは言ってきたが、それは、
 「なんてことするんだ!」
ということに対して、比較対象にならないくらい少なかったのである。

 いや逆。
「なんてことするんだ!」
が多すぎたのである。その証拠に本人が、
 「うちは叱られることについてあらかじめ明示的な家庭ではなかった。」
と言っていた。

 そう錯覚するほど、比率が高かったと言うことである。
 せずに叱られたことは忘れている。

 我が家は明示的な家庭だったと思っている子は、きっと、しないで叱られた数のほうが多い子なんだろう。
 
 いえ、
 「なんてことするんだ!」
が少ない子だったんだろう。
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# by mayumi-senba | 2010-03-02 00:22 | 息子

最大の誤り

  kotoba_botより

  「人生で犯しがちな最大の誤りは、誤りを犯さないかと絶えず恐れることだ。」
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# by mayumi-senba | 2010-02-24 22:15 | 世間のこと