父の戦略

女性の好み

母がうれしそうに私と妹に向かって語ったことがある。

 「お父さんにね、どうして私と結婚しようと思ったん?」
って聞いたら、
 「寂しそうにしてたから。」
って言うんよ。そう見えるんかなあ。

 母は、私たちと違って目が大きく、細身で、心底笑う、という姿が思い浮かばない。確かに寂しげに見えるかもしれない。言いたいことを飲み込んでしまうことを美徳としていて、耐えているところが実際に可哀想げなムードをかもし出す。

 母と恋愛結婚をした父が、そんな母に惹かれたことは事実には違いない。

 しかし分らないことがある。

 親子でテレビを見ていたりしていると、父が誰に言うともなく、
 「好きやなー。」
というのは、低い声で、というのは、女らしい媚を見せずに、自分のいいたいことしっかり言うタイプの女性。
 そう言われながら育った私たちは、それを私たちへのメッセージと感じ、しっかりいいたいことを言う子になったんじゃないかと思う。

 そんな風に育った私たちを、母は口やかましくいいながらも、嫌いではなかったようだった。自分ができないことをしている娘達を、少し羨望を含んだ愛情の目で見ていた。

 しかし、私たちが年頃になり、自分とはまったく違った生き方を選ぼうとする時、母は猛烈に反発した。私は、抑えつけられた、と感じるより、反発されている、と感じていた。

 片や、父は、こんな風に育ってしまった娘達を特に嘆くこともなく、私たちの目からは楽しげに生きていた。

 不思議なのは父である。
 自分は寂しげな母に惹かれたにもかかわらず、無意識か意識的かはわからないが、娘たちはいいたいことをきちんと言う子に育てようとしていた。

 自分は文句を言わない母にかしずかれながら、娘たちはそんな女にはしない。
というのが父の戦略だったのかもしれない。

 今、父は、
 「お母さんに愛されすぎて、有難いけどちょっと疲れるねん。」
と、いいながら、父の世話をしたくてしたくてたまらない母の、痒いところから1センチずれたところを掻かれるような世話を受けている。
 それを受けるのが愛情だという諦念の中で、穏やか生きている。
 
 二人は、ほどよく幸せな老夫婦に、私には見える。
 けれども、私は、自分の老後の幸せはそんな形をしていないと思う。



 
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by mayumi-senba | 2004-09-19 20:54 | 疑問のまま
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