「ほっ」と。キャンペーン

ジェンダーフリー 試論 その2

 私は子どものころから、赤い色の物を着せられると、とにかく気持ちが落ち着かない。ポイント程度の赤ならいいけど、赤がメインな物はいまだに落ち着かない。両親もまた赤い服を好まないようだった。
 しかし、浴衣やお正月の晴れ着などは、女の子用のものを着せられた。
 
 小学校のころは私服だったので、ほとんどズボンで通っていた。スカートだと、遊びにくいからだ。ドッジボールやサッカーや、フットベースボールなど、スカートでは話にならない。それに私は、リトルリーグに入っている男の子達に混じって野球もしていた。

 年頃になると、男をひきつけたいという欲望が起こり、スカートですごす日もあった。
 無事惹き付けることができたり、失敗したりした。

 私には、男の子が青や黒、女の子が赤やピンクを好む傾向にあることが、ジェンダー即ち社会的性差であるかどうかわからない。社会が何かの必要があって押し付けたのかもしれないし、もしかしたら性ホルモンが脳に与える影響があるかもしれない。

 しかし個人差があって、赤を好む男の子や青を好む女の子がいるに違いないと思う。私のように。

 多くの哺乳類は、性的に成熟するまでその性差は一見してわからない。わからないが、例えば犬なら、確かにオスのほうが子犬のころから攻撃的な傾向があるように思われる。しかし、これも個体を注目すると、性器を確認するまでわからない。
 また、お前はオスだから、とか、メスだから、というような教育を受けるという話も聞かない。
 そして性的な成熟期を迎え、繁殖期に入ると、性差は明らかになったり、わかりやすくなる。
 それまでは性的なサインを出さない。出さないのは、出す必要がないからか、出してしまえば、繁殖可能ではないのに誤ったサインを出してしまうことになるのか。その両方なのだろう。

 私は無意識に動物たちと同じ行動をとっていたような気がする。

 赤いライトは女をセクシーに見せる効果が強い。だからセクシーに見せたい場面で多用される。そして、もうひとつ、人を攻撃的にする、という作用を持つらしい。そして攻撃性と性欲には密接な関係があるといわれている。

 赤は女色、というのは、男にとってはより性的な興奮を強くするために、女にとっては、より男を惹きつけるために必要であった。
 年頃の女の子が、自分の発情を強調するために赤やピンクを着る。あるいは発情期であることを強調せよという圧力が周囲から加えられる。そう考えると、納得がいきやすい。

 そんな意味合いが薄れていって、そのうち単に女の子は赤、ということになってきたのではないだろうか。
 
 だから、女の子は赤、という傾向は消えないと思う。

 しかし、学校がもしそれを強いるというのなら、それは本末転倒で、いらぬおせっかいのひとつだと思うのである。親がその子を見ながら、その子の成長にふさわしいと思う色にすればよいことではないだろうか。
 女の子が赤で、男の子が黒がいいというのなら、それでよいことだ。
 他人がとやかく言っても、とやかく言っているだけのことで、とやかく言うのは自由なのだ。いけないの制約を加えることだ。

 たぶん学校でジェンダーフリーとして言われ初めているのは、
 「男の子も女の子も同じ色を使いなさい。」
ということではなく、
 「女の子のランドセルは赤、男の子は黒という制約をつけてはいけない。」
ということではないか、と私は理解している。




 
[PR]
by mayumi-senba | 2004-10-24 23:50 | 世間のこと
<< 花も団子も ジェンダーフリー 試論 その1 >>