PTSDについて思うこと

 今回のイラク日本人人質解放で、またPTSDがマスコミで取りざたされた。

 PTSDという診断名ができたことで患者さんたちにとって有利なことはあると思う。自分自身の状態を納得しやすいし、何より周囲の理解が得られやすい。

 しかし私はこういう状態に病名を付けなければならない社会がとても狭量なのだと思っている。

 「正常」という状態があって、それから外れたとき、要するに、「正常」でない状態にある場合、その状態で安心して存在するためには「言い訳」が必要であるということに過ぎないのではないか。

 とても恐い目にあった人が悪夢でうなされる、急にそのことを思い出していてもたってもいられない状態になる。そういうことを説明するためにPTSDという言葉が必要なほど人間の想像力が枯渇しているのか。

 恐い目にあったらそうなることは当たり前ではないか。病名を付けて説明されなければ分からないのか。

 心に深い傷を負った人たちが、自分はPTSDであるということでなにかしら安心が得られるとしたら、そこにあるのは「正常」でないといけない、という強迫観念、「正常」でないためには理由が要る、という強迫観念。
 そして
 「今は自分は特殊な状況にいるだけで、本当は正常なんだ。」
と思いたいということではないかと思う。周囲の人にもそれが共有されていてお互いが安心できるのだろう。
 
 そうまでしてみんなが守りたい「正常」とはいったいなんだろう。

 恐い目にあった人たちの心の傷が癒えるのに専門家が必要な社会は、少し恥じたほうがいいような気がする。

 そういう含みを持った上で、PTSDという言葉を使いたい。
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by mayumi-senba | 2004-04-19 23:53 | 病気
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