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馬鹿も休み休み

憲法改正

 人間を不幸にしてきたのは、いつも、
 「アホな奴らを幸せにできるのは、この、カシコイ自分だ。アホは黙ってついて来い。」
と能天気に信じ込めるアホな輩だ。

 そして、みんな限りあるカシコで、限りあるアホなんである。
 アホでないカシコは一人とていない。

 たった一つ、確かなことがあると思う。

 縛りがいるのは権力だ。縛りがなければ、個人を権力で縛ることほどやさしいことはない。
 縛りがあっても、権力は個人を縛ることができる。それが有限になるだけだ。
 
 縛りがなければ人間は、「自分は賢い」と、どこまでも思い込むことが可能な生き物だ。
 いやというほど見てきたはずだ。
 
 権力は、人が握るものである限り、リバイアサンである。
 権力は、自分が賢くなったような気にさせるという副作用を起こす。またそうでないと権力は発揮できない。
 遠くを見なくても、じぶんを含めた身の回りの権力関係を見ればわかることだ。
 
 憲法に、「国民の責務」などという文言を入れようとは、馬鹿も休み休み言ってもらいたいものだ。

 「義務」ではなく「責務」だと・・・。
 すぐに、同じ意味になるのは目に見えている。
 そして、自分は賢いと思っているアホが、どこまでもおせっかいを焼くようになる。

 憲法は、権力を制限するものだ。
 それ以外のことは、憲法に縛られる法律ですむことだ。

 homeandhomeさん、同意です。
 
 

 

 

 
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by mayumi-senba | 2005-05-05 23:37 | 世間のこと
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