「ほっ」と。キャンペーン

尼崎の事故に思うこと

ちいさなサービス

 尼崎の事故は、日本の利用者の過剰な要求と、それ以上に過剰に応えようとする企業側の、何か強迫的な心理を感じます。

 利益をだせ。安全第一。その上、サービスをよくしろ。
 この三つを極限まで追求するシステムにすると、そこで働くものたちの心身は持たない。
結局安全は確保されない。

 安全について、どんなにマニュアルを作っても、そのマニュアルを利用する余裕がもてなくなる。また、マニュアルだらけになると、すべてがマニュアルどおりに動くことは困難になる。そうしようとすると、マニュアルに沿うことが目的になってしまって、本来の目的が見えなくなる。

 マニュアルにするべきものと、経験の伝承としてでしか伝えられないものとを見分ける必要がある。

 また、JR西日本のシステムはシステムとして、短時間にすごい本数を走らせなくてもよい  社会を作ろうという風に考える必要もある。フレックスタイムをもっと導入したほうがよいと思う.もっといいたいが、この辺でとどめる。

 それに、利用者個々は、遅れなく正確に発車するために、何が犠牲になっているかを想像する力を養う必要がある。目を見張るような業績の影には、無理なしわ寄せがあるものだ。日常の自分の職場環境など、身近なところから類推可能だ。

 ほかでいえば、たとえば・・・、 

 私は、ワンマンバスの運転手さんが、料金の確認をし、一人一人の乗客に、
 「ありがとうございました。お気をつけて。」
などといい、さらに行き先を告げる丁寧な場内アナウンスまでしているのを見ると、運転手さん一人ににここまでさせて平気でいる社会の鈍感さに不安を覚える。

 彼らには、安全運転にだけ集中してもらいたい。
 ぶっきらぼうで結構。できれば車内の安全に気を配る車掌さんを復活してほしいものだ。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-05-16 01:39 | 世間のこと
<< 反抗期 ただ歩く。 >>