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戦時下の日常

料理教室
芭蕉の見た天の川

いつだったか、車の運転中にラジオから、

 「昭和20年○月、私は日本海のある研究室で、荒海や佐渡に横たふ天河、という芭蕉の句の研究していました。」

というような言葉が淡々と流れてきて、危うく聞き流しそうになったが、その時期は、私が祖母や両親から聞かされていたイメージからすると、
 「サイレンが鳴っては防空壕に入り、焼夷弾でだれそれが死んで大変だった。みんな食べるものに事欠いて大変だった。」
というようなもので、私の中では、映画やテレビで見た空襲の場面と重なり合っていた。

 ところがラジオから流れる聴取者のはがきの朗読には、青春を懐かしむ言葉だけが並べられていて、戦争を想起させるフレーズはついに無かった。
 私は強い違和感を持った。

 その時初めて、私たち戦争を知らないものがイメージする戦争は、実際の戦争とは大きな違いがあるのかもしれないと思った。

 あの戦争中にも日常があり、地域によっては、
 「何かしらの影響はあっても、どこか遠くで起きていること。」
という感覚で暮らしていた人たちがいたに違いない。

 私たちは今、間違いなく戦時下にある。
 いつ攻撃されてもおかしくない。
 その攻撃が正しいものだとは思わないが、事前にも、攻撃を誘発するに違いないと予測できた行為を、われわれが選んだ政権は実行した。

 しかし、私たちはのんきな日常を暮らしている。

 自衛隊の人たちのことは心配する。
 イラクの人たちはたいへんだし、そのほかの紛争地の人たちも大変だ。
 現地の人も派兵されている人も。

 でも、私たちはビアガーデンに行き、仕事をし、昨日の続きの日常を生きている。

 戦争というものは実感しにくいものかもしれない。

 
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by mayumi-senba | 2005-07-18 18:57 | 世間のこと
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