自然、この胡散臭いもの。

 自然というのは罪作りだ。

 私たちを養い、活かし、美しさを教え、楽しさを与える。同時に奪い、殺し、悲しみを与え、苦しみで苛む。

 その実態としての自然とは別に、自然が自然であるがゆえに人間に与えた「自然」という言葉は、これもまた、人間の愚かしさを戒めるために有無を言わせぬ力を持ち、しかしながら、人間に自分の正体を明かすことがないため、多くの混乱をもたらす。

 「らしさ」とセットとなった自然は、どれほど無用な縛りと混乱を人間に与えただろうか。

 私は大して長くは無いが、今まで生きてきて、もっとも用心するべきなのは、「自然」という言葉を使う、または乱用する人達だと思っている。

 「自然」
と言われると、反射的に、
 「ホントか?」
と思う。

 自然は自らを自然だとも思わず、小うるさいことも言わずに、ただそこにあって好きに振舞っている。

 「これが自然。」
だとか、
 「これは不自然。」
だとかということには頓着していない。

 私はここで、何回「自然」という言葉を使っただろう。

 胡散臭いことだ。
  
 
 


 
 
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by mayumi-senba | 2004-04-29 16:06 | 世間のこと
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