雅子さんが問いかけること

 彼女は一人の青年に見初められて、突然自由を失った。青年が意図したわけではないのに、彼女の周囲には多くのストーカーが付きまとうようになった。
 政治家やタレントのように、自ら有名になりたいと思っていたわけではなく、自分の個性を生かした職業について自分の人生を生きていたのに、青年の恋心が彼女から多くのものを奪った。私は、
 「これは災難ではないか。」
と思って彼女にいたく同情した。そして、自分の恋心が愛する人をこのような状況に追い込むことになる青年も、とても気の毒に思った。

 「世間はそのうち忘れる。それまでの辛抱だから。」
と、私がココロの中で思っても、それは彼女の知ったことではないが私はそう思わずにはいられなかった。

 そして私は私の日常を生きて、そんなことも忘れていたある日、二人の婚約が発表された。

 雅子さんが婚約会見で、
「皇太子殿下を幸せにして差し上げたい。」
というようなことを言ったとき、私はアッパレな女性だと思ってとても好感を持った。自分の思いを上手に伝えることのできる賢い人だとも思った。そして、皇太子と呼ばれる青年も、この聡明な女性をして重大な決断を自分のためにさせた、それに値する男なのだろうと思った。

 今、彼女は我々に、
 「よく考えてみよ。」
と、言葉にしないで迫っている。意図してしているとは思わないが。

 彼女が子どもを生まなければ、誰がどう困るのか。
 彼女が男児を生まなければ、いったい誰がどう困るのか。
 彼女が彼女らしく生きたら、誰がどう困るのか。

 私は困らない。困る人は教えて欲しい。

 彼女は、断ろうと思えばそれでも断ることができた結婚を決意した。お世継ぎを求められるであろうことも、おそらくわかっていた。不自由さもさらに増すであろうことが彼女にわからないはずがない。自分で決めたことといえば自分で決めたことだ。

 しかし、今回は「自己責任」という言葉がまったく出てこない。このことを、私は心から喜んでいる。
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by mayumi-senba | 2004-05-14 13:43 | 世間のこと
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