疲労がたまる

 子どものころによく連れて行かれた中華料理店もお寿司屋さんも、洋食屋さんも、
 「いらっしゃいませ。」
ということはあってもその後は基本的にご近所さんで、召使のような言葉遣いをされるとその後の日常生活に気まずさが残ってしまうものだから、ご近所さんとしてのコミュニケーションが双方の間で交わされる。

 「まゆみちゃん、ちょっと見ん間に大きくなってー。」
などとおかみさんに言われたりするのだった。

 二十歳前後のころに、友人たちと神戸や大阪のでデパートやレストランなどに行くと、そんな小娘たちにもお店の人たちは一人前の「お客様」の扱いをしてくれたものだから、そのころの私は急に、近所のお店のおじさんやおばさんたちが、「お客様」の扱いを知らない、「洗練された店員」ではない人たちで、そんなところでものを買うのがちょっと嫌になったことがあった。

  今日、近所の中華レストランに行って、
 「いらっしゃいませ。」
と言われた。もちろん初めてのことじゃない。いつもそう言われる。

 歩いて2分くらいのところにあるので、普段着のままでかけることが多い。しかし、スーツを着込んだマネジャーや、おしゃれなユニフォームを着たホール係の人は、一貫して私たちを「お客様」扱いする。

 「擬似ご主人様」と「擬似召使」の関係。
 今の私にはつまらない。

 美味しい物を食べさせてもらったから、もちろん代金は支払うが、
「ご馳走様、美味しかった。ありがとう。」
「また来てね。」
の関係でありたい。

 遊び友達のおうちが洋食屋さんだったり、うどん屋さんだったり、ということは息子たちにはない。親が「お客様」として扱われるのを見るだけだ。

 私たちはどんどん、場面場面で、主人になったり召使になったり、自分を引き裂きながら生きるようになってきた。(私の勤務先も「患者様」という)
 しかしどちらの顔を使っているときも、疲労がたまる。自分じゃないから。

 何か特別な日にだけ、日常から離れた場所で女王様気分に浸るのなら悪くないかもしれない。それもきっと、一夜しか持たないだろう。

 

 

 
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by mayumi-senba | 2006-05-05 22:00 | 世間のこと
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