傷つくことを奪わないでやってほしい。

 長崎の少女の事件のあと、その小学校の生徒に対するカウンセリングが始まっているらしい。

 そこで、どのような形で行われているのかわからないのであるし、今回は一般論として書きたい。

 当事者に近い児童は省く。その他の、比較的縁の薄い児童について。

 このようなことがあったあと、食欲が落ちたか、眠れるか、となじみのない人から聞かれることがいいことかどうか。

 多くを感じる子も少なく感じる子もいる。

 子どもの中には、周囲の期待に応えてしまう子もいる。そして、それを見た大人が、どこか深いところで楽しんでいることを、見抜く。

 食欲が落ちたか、眠れるか、ということなど、聞かなくてもそばにいるものにはわかる。

 子どもが落ち着いて物事を受け止められるか、あるいはわからないなりにどこかに持ち続けられるか、あるいは、時間をかけてその傷をいやすことができるかどうかは、周囲の大人の態度による。

 傷ついて癒えていく過程は悪いことではない。子どもにはわからなくても、大人は知っているはず。
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by mayumi-senba | 2004-06-05 08:41 | 世間のこと
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