なぜ人を殺してはいけないか・・・それから先
2004年 06月 07日
なぜ人を殺してはいけないか。
「それから先」とは、たとえば、
ではなぜ戦争では人を殺しても罰せられないのか。
自分が死ぬことを覚悟している人間の殺意は防げないではないか。
国家による死刑ならいいのか。
自分の身の安全が確実に守られるのなら殺人を犯してもいいのか。
殺人を犯さなくとも、どこかの誰かの餓死に手を貸しているのではないか。
殺人よりはるかに多くの人が交通事故で死んでいるではないか。
手助けをしないことで、誰かの死に見て見ぬ振りをしているのではないか。
自分が死なないためなら人を殺していいのか。
心の中だけなら、何人も殺しているが、それはいいのか。
いくらでも問いは立てられる。自分自身が矛盾を感じているから。
しかし、子どもに対してそれを説明できないので、命を大切に思う教育ができないなどというのは、戯言であると思う。
自分が殺されるのは嫌でしょう。
家族が殺されるの嫌でしょう。
誰が誰を殺してもいい世界は嫌でしょう。
だから、あなたが誰を殺すことも許されない。
という言葉で分かり合える関係を築くことが肝要なのだと思う。それがわかったあとに、子どもは子どもで、矛盾にぶつかればよいのだ。
答えを出せていない、殺し合いを防ぐことができない大人の限界は、そのあとに子どもに伝えればよいのだ。
伝えなくても子どもには何時かわかるだろう。大人の限界など。
でも伝えればいいのだ。
私はそう考えている。
追記 息子へ
心の中でなら、何人殺してもいいけどね。思うだけにしなさいよ。
「それから先」とは、たとえば、
ではなぜ戦争では人を殺しても罰せられないのか。
自分が死ぬことを覚悟している人間の殺意は防げないではないか。
国家による死刑ならいいのか。
自分の身の安全が確実に守られるのなら殺人を犯してもいいのか。
殺人を犯さなくとも、どこかの誰かの餓死に手を貸しているのではないか。
殺人よりはるかに多くの人が交通事故で死んでいるではないか。
手助けをしないことで、誰かの死に見て見ぬ振りをしているのではないか。
自分が死なないためなら人を殺していいのか。
心の中だけなら、何人も殺しているが、それはいいのか。
いくらでも問いは立てられる。自分自身が矛盾を感じているから。
しかし、子どもに対してそれを説明できないので、命を大切に思う教育ができないなどというのは、戯言であると思う。
自分が殺されるのは嫌でしょう。
家族が殺されるの嫌でしょう。
誰が誰を殺してもいい世界は嫌でしょう。
だから、あなたが誰を殺すことも許されない。
という言葉で分かり合える関係を築くことが肝要なのだと思う。それがわかったあとに、子どもは子どもで、矛盾にぶつかればよいのだ。
答えを出せていない、殺し合いを防ぐことができない大人の限界は、そのあとに子どもに伝えればよいのだ。
伝えなくても子どもには何時かわかるだろう。大人の限界など。
でも伝えればいいのだ。
私はそう考えている。
追記 息子へ
心の中でなら、何人殺してもいいけどね。思うだけにしなさいよ。
by mayumi-senba | 2004-06-07 18:56 | 世間のこと



