私が殺すのに、もっとも容易な人

 隣で寝ている男の無防備な顔を見たとき、私が殺すのに、もっとも容易な人間はこの男だと考えたことがある。

 物理的には、誰からも邪魔されず、本人も警戒していず、後先考えなければ、今からだって殺せる。

 それは不思議な感覚だった。愛するがゆえにそばにいる人間がもっとも容易に殺すことができるんだ。

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 不思議な感覚にどれくらいの時間浸っていただろう。それから不意に頭に浮かんだことがある。

 たとえば彼が私を捨て、誰か他の女の元へ行くようなことがあったら、私は彼を殺すだろうか。

 意外だけれど、そう考えたときに、
 「殺せないんじゃなくて、殺さないな。」
と思った。

 殺したくなるほど憎むより前に、きっとその場からいなくなるだろうな。
 
 誰であっても私を嫌ったり憎んだりすることができる。
 それ以上のことをされなければ、文句を言う筋合いはない。

 私に対する愛が醒める。それは悲しいけれども仕方がない。私から去る、それも仕方がない。相手の心を私は支配できない。
 そして相手も私を支配できない。

 殺す必要がない。
 相手が私から去るようなことがあっても、殺す必要がない。
 だから殺さない。

 以上、私が人を殺すことについて若いころに考えていたことのひとつ。
 ここのところの理屈はおかしい、などと今言われても困る。
 そのときそう考えたということだから。

 もし息子が殺されたら、そしてその犯人を殺せる環境が私に整っていたら、私はどうするだろう。それはそのときになってみないとわからない。

 こんな風なことは、誰も口にしないだけで、何かしら考えるのだろう。
 
 こどもも、自分の頭で考えればいいと思うのだ。
 
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by mayumi-senba | 2004-06-08 23:23 | 世間のこと
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