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警察や検察の皆さんへ

警察や検察の皆さんへ

 日ごろ、お勤めご苦労様です。

 息子が小さい頃、お祭りの混雑の中で迷子になって、この人ごみの中で踏み潰されていないか、誰かに連れて行かれてはいないか、心が張り裂けそうなときに交番から電話があって、
 「息子さんを預かっています。」
と聞かされたときには、日ごろまじめに応分の税金を払っていてよかったと思ったし、息子を不安にさせないよう、やさしく接してくれていた警察官に心から感謝しました。

 知り合いの若い警察官から、いわゆる「不良」と呼ばれる子達に対する思いや硬柔の心遣いを聴かされて、とてもうれしい思いをもしました。

 私の患者さんである知的障害のある若者を、「逮捕」という名目で実質は「保護」してくれていたことも、頭が下がる思いです。

 そんな皆さんが、悪質な犯罪から私たちを守るための捜査を、もっともっとやりやすいように、さまざまな障害を排除することができたらと、私とて思わなくはありません。

 けれども、私はこの前、70台も半ばの人から直接聞きました。

 戦争中に、してもいない博打を、「した」というまで逆さにつるされて、その下から煙でいぶされた。
 今は戦後で、「そんなことはない。」と私も思います。

 けれども私には、戦前や戦中の警察官や検察官が、今と違って質の悪い人たちだったのだとは到底思えないのです。皆さんと同じように、
 「悪いことをした奴を放っておいてはいけない。」
と思っていたのだと思います。

 違いは、組織のシステム、だと思います。
 これは私も今まで生きてきて、おかれた立場や権限、組織のシステムによって、同じ人の振る舞いがどれほど変わるかということをたくさん見てきたからです。

 いえ、あなたは変わらないかもしれない。
 しかし、あれだけの所帯です。どこの家にも一人や二人、性質(たち)の悪い人がおり、そして多くは煩悩を抱えた人間です。
 変わる人が多く出ても、私はちっとも不思議ではないと思います。

 ですから、不自由をかけますが、どうか、その不自由も国民のために必要な不自由であると、誇りを持って甘んじていただきたい。

 私は心からそう願います。



 
 
 
 
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by mayumi-senba | 2007-03-08 23:22 | 世間のこと
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