「せめて本当のことを言ってくれ。」

 夫は人望がありどれほど人から頼りにされていたか、その夫がどんなに自分を大切にしてくれたか、自分もそれに応えて、夫の家族の中でのどれほどの苦労を耐えることができたか、ということを、えんえんと語り、自分は何があっても最後までこの夫の世話をしなければならない、ということを再々述べる妻が、ハテ、一向に入院中の夫を自宅へ連れて帰ろうとしない。

 介護レベルで言えば、介護サービスを受ければ妻の介助量はさほどにはならないレベル。
 しかし、わざわざ、と思えるように用事を述べ立てる。また、
 
 「体に何か異変があったときに困る。」
というが、年齢的に言って、異変はいつか起こり、彼はいつか亡くなる。それもすごく遠い日ではない。

 そんなに大切に思っているなら、残された日々を、
「親戚や幼馴染がたくさんいる自宅近くの施設への入所などはどうか。」
というと、それもあまり気乗りがしない様子。

 「奥さんが、在宅復帰で予想される一番困ると思うことを言ってください。」
と言うと、初めて出てきた。

 「あの人はわかいころから、新聞、と言うと新聞が目の前に出てきて、テレビ、と言うとテレビが勝手につくものだと思ってる人なんです。だから、いつも私がそばにいないとだめなんです。そばにいないと探して危険で、私は何もできません。とても困るんです。」

 予想はしていたが、やはりいつも脱力する。年代的にしょうがないのだろうけれど。

 彼女は、いちいち赤ちゃんのように夫を扱いながら、「よい妻」と呼ばれてきたはずだ。
 「よい妻」と呼ばれるのはちょっと気持ちよかったはずだ。なぜなら、同じ時代でも、そうはしなかったために、「悪妻」と呼ばれた人もいるだろうから。

 今の夫の状態は、夫と彼女と世間の合作。
 あの時代に抗える人がどれほどいたか、というと、それは少なかったに違いないので攻められないけれど、
 「せめて本当のことを言ってくれ。」
と思う。夫が頼りがいのある人だったのも、優しかったのも本当だろうが、今、一緒に暮らしたくない、というのも本当の気持ちだ。
 
 本当のことを引き出せないと、私たちは、「その後」のお手伝いができないのですよ。

 今日はちょっと愚痴。
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by mayumi-senba | 2007-06-18 00:26 | 世間のこと
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