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続 事件報道における容疑者の扱いは急に変化したのだろうか

事件報道における容疑者の扱いは急に変化したのだろうか

 しかし、容疑者の名前と顔をふせたままでも、近所に住む人たちにはわかるだろう。家族がいれば、その家族もつらい思いをする。

 たとえば、探せばだれにでもある恥ずかしいことを、テレビで騒ぎたてられては、その地域で生きていくのが難しくなるかもしれない。

 さらにいえば、我々の社会は容疑者の段階で雇用が危うくなるような未熟な社会である。

 すべて、もし無罪ならその元容疑者や家族に対してどう償えばよいのか。

 かといって、報道が容疑者の名前も顔も、周辺の情報も流さなければ、誰が容疑者としてとらわれているのかがわからない。それでは、正当な捜査と裁判が行われているかを確認する方法がなくなる。

 しつこいようだが、私が論じているのはあくまでも容疑者という段階のことである。

 考え始めれば、いくらでも問題が出てきそうだが、ずっと考え続けなければならないことだと思うのだ。

 そのうえで、今回の報道の変化は、一つの試みであると思う。
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by mayumi-senba | 2009-11-06 00:16 | 世間のこと
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