愛について考えた。

  よく知らないけれど、「ミロス」という何かをメールで知らせてくれた若い人に当てたメールを残しておこうと思う。

 ○○さん、こんにちは。私は、「愛」とはなにか、ということを突き詰めて考えたことはありません。

 ただ、生きているだけで見えてくることがあります。それは、「愛とは何か」という問いにも、「愛の方法」にも、答えと呼べるようなものがたくさんあって、それらはすべて本当のことだけれどでも互いに全く整合性がないのです。

 私は数学や物理が好きな子でした。整合性のあることが好きな子だったんですね。ところが、整合性がとれないからこそ真実に近い、ということが世の中にたくさんあります。そのことを知ったことが、年を重ねてきてよかったと思えることです。

 私は、「愛」に原理はないと思います。ぼんやりとしてつかめないけれど、確かにそこにある、という形で存在するものだと思います。「ぼんやりしたイメージ」というのは、むしろ私には正確な表現に思えます。

 「ミロス」というものは、愛の一つの形を教えてくれるのかもしれませんが、「愛」とは誰かが「原理」と称し独占して語る言葉ではなく、多くの人の語る言葉や、多くの人の行いの中からそれを見出し、さらに一段と「ぼんやりしたイメージ」で膨らませていくものだと思います。

 私は、○ ○さんのメールの中の、「論理」とか「スッキリ解消され」という言葉に違和感を感じています。私が思う「愛」からは遠い言葉だからです。

 人は、答えがあるようでないような問いを抱えながら生きていくほうが、人としての深まりが増していくような気がします。

 今月初めに出会ったばかりのものなら、恋で言うならまだ何も見えずにのぼせ上っている時期です。

 いい、悪いということは言えませんが、宗教であろうとなかろうと今の段階で人に薦めるのは○○さんにとってプラスにはならないと思いますよ。○○さんのことが好きだから、あえてメールをします。

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by mayumi-senba | 2009-11-22 20:17 | 自分のこと
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