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身近な、冤罪かもしれない事件

 
2001年1月に広島市西区で起きた殺人放火事件で殺人や現住建造物等放火などの罪問われ、一審広島地裁で無罪判決(求刑死刑)を受けた元会社員中村国治被告(39)の控訴審判決が14日、広島高裁であった。楢崎康英裁判長は、捜査段階の自白の信用性を否定して検察側の控訴を棄却、再び無罪とした。 2009/12/15 中国新聞より


 詳しくは知らないが、 ここ http://d.hatena.ne.jp/ken-kataoka/20091215

で、フリーライターの片岡さんが傍聴して報告してくれている。

 身近に起こった、冤罪かもしれない、冤罪の可能性が高いような気がする事件です。

 現場は自宅から車で10分程度のところ。

  公判終了後、弁護人の方が会見で
 「中村さんは二度も死の恐怖を味わった。検察には上告せず、このまま確定させて欲しい」
みたいなことを言われていて、その言葉は重く感じました。


 冤罪で死刑になる、というのは、もし生まれ変わったとして、自分がその立場に生まれ変わるのは耐えられない、という立場の一つです。
 
 冤罪は、どんな司法制度の中でも避けられないコストなのかもしれないが、ならばそれを購う方法を、私たちは担保する義務があるし、場合によっては他人ごとではないのである。
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by mayumi-senba | 2010-02-01 17:50 | 世間のこと
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