死んだ人が生き返ると信じる子ども達

 大人たちよ大志をいだけ

私も偶然同じ番組を見ていました。

  「子どもが見えない 大人の知らない世界」

 長崎の小学校で、道徳の時間に「死」について考えるという授業をしている先生が子ども達に、
 「人は死んだらどうなるか?」
という質問をすると、クラスの大部分の子が、
 「生き返ると思う。」
と答えていた。多分6年生のクラスだったと思う。

 家庭でお母さんが、なぜそう思うのか、と、ある女の子に尋ねると、
 「テレビで見たことがある。特に自殺なんかで死んだりしたら生き返ると思う。」
と答えていた。しかし、そんなことを尋ねられることにかなり戸惑っていたようだ。お母さんが、
 「死んだしまったら生き返ることはないんだ。」
と話しても納得がいかない様子。その娘の反応に驚くお母さん。

 女の子の戸惑った顔が印象的だった。

 どうして急にそんなことを聞くの?
 わたし、なんか変なこと言った?
 死んだら生き返る、って考えることは、お母さんを驚かせたり悲しませたりすることなの?
 
 それは戸惑うだろうな。

 子どもにとって大人がすることはいつも唐突で、それで子どもは大いに戸惑う。
 それがいけないことだとは思わない。
 戸惑わないで大人になってしまう子どもなんか、想像するだけでも気色が悪い。

 それにしても、6年生だ。
 なんとなくそう思っていたことが、実はそうではないかもしれない、と考え始めたり、ひっかりながらもそのまま棚上げにして、ある日天啓のごとく理解するといこともある。もちろん、解決できないまま大人になっても考え続けることもある。
 
 いろんな大人がいろんな唐突を行えばよいのだと思う。
 子ども同士でも話すだろう。実際に生き返ると思わない子も少数ながらいたのだ。

 義家弘介さんは、死について語るより、生きて感動することを大事にしたい、とコメントしていた。実際そうだろうと思う。死によって無くすものの大きさを知っていて初めて、

 「死んだら終わりや。何にもなしや。」
という一言で考え込まざるを得なくなるのだと思う。

 あまり親の教育にだけ還元したくないし、テレビやゲームだけにも責任を押し付けたくない。
 戸惑いながら日々を生きている子どものそばに、その戸惑いを知りながら、自分の人生を生きている大人が泣いたり笑ったり苦しんだり喜んだりしていればいい。

 もちろん子どものことも含めて、いろんなことに泣いたり笑ったり苦しんだり喜んだり、そして怒ったりしていればいいのかな、と思います。

 
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by mayumi-senba | 2004-09-07 06:47 | 世間のこと
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