カテゴリ:息子( 41 )

醍醐味は続く

お久しぶりです。

何年も放置してお久しぶりもあったものではないが、書いてみたくなった。

また息子が面白い。親ばかですが許してほしい。

就職して3年目、今年に入ってから愚痴の電話ばかりかかってくるので、
「母さんはカウンセラーでもないし、飲み屋のママさんでもない。相談なら乗るが、愚痴のための愚痴ならやめて頂戴。アドラーでも読め。」
といって放置したら、今度は電話をかけても出ないで、
「用事はメールにしてくれ。」
とのメール。

心配をまったくしなかったといえば嘘になるが、放置しておいた。

そしてある日、
「アドラーを読めと言った理由がわかった。」
とメールがあったが、どうよかったのかさっぱり。
「それはよかった。」
と返事しておいた。

先月末に突然我が家に帰ってきて、リラックスの限りを尽くし、好きなものを好きなだけ食べて仕事に戻っていった。

「自分の守り方がわかった。」
というのだ。話を聞くとそれでも相当無防備だが、「憤怒に身を焼く、」という状態から、「とりあえず自分の身だけは守る必要があるということに気がついた」らしい。

よいことである。

もともと音楽好きだが、音楽の聴き比べをはじめたというのだ。同じ曲を違うプレイヤーで。
その集中は、クールダウンによいだろう。

自分の出す企画が時に通ることがあるらしいが、通らないほうにばかり目が言っている。そして苦しんでいるようだが、たとえば10に1つ通れば、塵のように積もってくる「通ったものの積み重ね」の価値が見えていないらしい。今現在の打率にのみ注意がいっている。ただ、セルフコントロールを身に着けようとだけはしている、という段階のようである。

今までよくもこれほどわがままに生きてこれたものだ、と感心もするのである。

ある日自分の実績と仕事のしやすさが増していることに気がつく日が来るだろう。楽しみである。

子どもというのは、もしかしたら、働き始めてからが一番醍醐味があるのではないかと思われるのである。
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by mayumi-senba | 2014-11-06 19:13 | 息子

叱られ方の考察

  久し振りに、ちょっと用事があったついでに息子と少し長電話。

  昨日友人たちと、親からどのように叱られてきたかということを話したらしい。

  「僕はすっごい叱られてきたよ。」
と言ったらしい。正しい。私はほんとによく叱っていた。

 よその子のお母さんから、 
 「お宅は叱らないんですか。」
と言われたことが何度かある。そんなことないのである。叱りどころ満載なんだから。

 そのことを息子に言うと、
 「それは現場を知らない人間のいうことだな。」
と、冷静な分析。なんじゃそれ。

 で、その昨日の息子たちの会話の中で、
 「あらかじめ何をしたら叱られるかということが明示的になっている家庭と、事後的に叱られることを教えられる家庭がある。」
ということがわかった、らしい。

 うちは、基本的に事後的に叱ってきた。

 何をしでかすかわからないからである。明示的にできる範囲は遥かに超えているに決まっている。と私は思ってきたが、そうでもないようだ。

 例えば、叱る、といっても、私はたいてい
 「なんてことをするんだ!」
とか、
 「なんてことを言うんだ!」
と、許容範囲を超えたときに叱ってきたわけだが、この場合は、これ以上のことをしたら、とか、こんなことをしたら、というような境界を明示するのは困難である。360度で何をどれだけするかということはあらかじめ予想が立たない。

 未経験の人は
 「そんなことないでしょう。」
と思うかもしれないが、ほんとに何をしでかすかわからないのだ。

 しかし、
 「これをしなさい。しないと叱るよ。」
ということなら明示できる。

 要するに、陽性の行為か陰性の行為か、の違いである。

 私だって、
 「これをしなさい。しないと怒るよ。」
ということは言ってきたが、それは、
 「なんてことするんだ!」
ということに対して、比較対象にならないくらい少なかったのである。

 いや逆。
「なんてことするんだ!」
が多すぎたのである。その証拠に本人が、
 「うちは叱られることについてあらかじめ明示的な家庭ではなかった。」
と言っていた。

 そう錯覚するほど、比率が高かったと言うことである。
 せずに叱られたことは忘れている。

 我が家は明示的な家庭だったと思っている子は、きっと、しないで叱られた数のほうが多い子なんだろう。
 
 いえ、
 「なんてことするんだ!」
が少ない子だったんだろう。
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by mayumi-senba | 2010-03-02 00:22 | 息子

天井にゴン

  お風呂に入っていたら、急に息子が赤ちゃんのころのことを思い出した。

  何回か書いたが、息子は夜寝ない子で、絵本に関心のない子だった。

  どっかによじ登ったり、箪笥の引出しから中のものを出してその中に入ってみたり、またその上の引出しをあけて、二段目の引出しの中に入ったり、立てもしないうちから、一刻も「じっとしない子」だった。

  (実は私も子供のころそう言われていた。)

  そんなころ、息子は、抱っこしてぐるぐるまわされたり、高い高いをされるのがすごく好きだった。
  要するに、よくいえばダイナミックな、普通にいえば、乱暴な遊びが大好きだった。

  で、ある日も、「高い高い」といいながら上に向けてほおり投げては抱きとめてやっていると、腹の皮がよじれるんじゃないかと思うくらい嬉しそうにキャッキャッと笑うものだから、私は少しずつほおり投げる高さを高くしていった。

  それにつれて、息子の喜びようはさらに、
「どっか壊れたんじゃないか?」
と思うくらいになっていった。

  そしてついに、安普請のマンションの低い天井に、息子の頭がゴンという音を立ててぶつかった。

  すると、息子の顔から一瞬笑いが消え、驚いているようだったが、大した音ではなかったこともあって、息子を抱きとめた私が笑うと、息子はまた笑いだした。

  そしてまだ「高い高い」をねだるのだ。

  わが子ながら、
 「立ち直りの早い子だな。」
と私は感心していた。

  息子は、もちろん持って生まれた素質の上に、日々接している私から受けた影響は大きかったと思うが、私の振る舞いが、息子から影響を受けているということも事実である。

 息子が驚いて泣いていたら、さすがの私も、「高い高い」を続けるはずがない。

 このことはまだ息子に話してなかったように思う。

  追伸:このことがあってからだいぶ時を経て、何かの雑誌に、「高い高い」は子どもの頭に良くないと書かれていたのを見た。
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by mayumi-senba | 2010-02-24 00:54 | 息子

息子も犬も

 息子は0歳児の時から、保育園で育っている。

 私は今も当時のことを昨日のことのように思い出すことができる。

 毎日仕事を終えて保育園にお迎えに行き、息子を抱っこして連れて帰る時のうれしさ。

 よちよち歩きをするようになると、私の姿を見つけて、
 「ママー!」
と嬉しそうに満面の笑みで駆け寄ってくる。駆け寄ってくるのだが、あと1メートルというところで、ピタッと止まるとくるりと向きを変え、あちらに行って遊んでいる。

 名前を呼んで、
 「おうちに帰ろー。」
といったら、嬉しそうに寄って来るのだが、また向きを変えてあっちへ行ってしまう。
 
 毎日それの繰り返しで、業を煮やして追いかけ、抱き上げて連れて帰るのである。

 そのころテレビで、主婦の人たちと働きながら子育てをしている人たちがそれぞれ自分の思いをぶつけあうというような企画があって、主婦の人が、
 「保育園に子供を預けて働くなんて、子どもがかわいそうです!!。」
と殺気を感じるほどの激しさで言っていた。

 そうではない証拠が今ここにいて、部屋の隅っこで、ティッシュを1枚ずつ引っ張り出しては後ろに放り投げて笑っている。たんすの引き出しを開けてその中に入ろうとしている。

 私は、テレビの中の議論が、遠い世界のことのように感じた。
 どっちでもいいやんか・・・・。

 そして15年の年月が過ぎ、シースー犬クックル・クサイがうちにやって来た。

 噛み縄を投げてやると、喜んで走っていき持って帰ってくるので、ここでほめるとしつけができるということになっているのだが、いくら褒めてもあと1メートルのところで止まって、しばらく噛んで遊んでいる。で、忘れたころに、近寄ってきて、私の顔を見上げ、
 「また遊ぼー!!」
というような顔をする。投げてやると、また喜んで縄のほうに走っていくが同じことを繰り返すのだ。

 私が育てると、息子も犬も同じようなことをする。

 私の育て方に何か問題があるのかなあ、と思うこともあるが、息子もクックル・クサイも基本的に楽しそうにしているので、これでよいような気がしている。
 
 
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by mayumi-senba | 2009-10-07 18:36 | 息子

山芋で殴打

保育園の頃か、小学校の頃、なんでだかは忘れたけれど、息子が意味不明の屁理屈をそれこそ魂を込めて叫んでいたことがある。私に叱られたことに対する抗議なのだけれど、だんだんエスカレートしてくると、自分が何を言ってるかもわからないんじゃないかと思われるほど興奮して、これはもう止めてあげないと止まらないんだと判断して、

 「うるさい!」

 と言って、近くにあった一本のナガイモを手にとり、それで息子の頭を殴った。当然ナガイモは折れて、息子の顔にはネバネバのナガイモの破片たちがタラーりと流れていた。息子はあっけにとられて口を利かなくなった。

 息子はそのことによほど驚いたのか記憶にあったらしく、20歳になろうかという時に、食事をしながら私の妹にそのことを話した。

 「僕、小さいころ山芋で殴られたんよ。顔に山芋がタラーッと流れてきて・・・。」

すると妹は、

 「それはかなり冷静な叱り方やんか。」

といった。その通り私は冷静だった。まったく痛くないが衝撃は大きいに違いないと思ったのだ。息子は、

 「え、そうなん?」
といったように思う。

 「ひどいでしょ。」
ということで笑わせようとしたのだ。それが意外な言葉が返ってきた感じ。

 そんなことが記憶に残っていて、面白おかしく話そうとしている息子は、でも大人っぽく見えたのは間違いない。
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by mayumi-senba | 2008-09-05 05:04 | 息子

体育館の屋根

ついさっき投票を済ませた。

 投票所は息子が通っていた小学校の体育館。

 彼が現役の小学生のころ、仲良しの男の子のお母さんが耳打ちしてくれた。

 「あの子達、体育館の屋上に上って先生に叱られたらしいよ。」

 もちろんわたしも後で思い切り叱っておいたが、あれくらいの子で、運動の得意な子であれば、体育館の屋上はそんなに危険ではない。

 ということを私は知っている。
 私も登っていたからだ。
 私は叱られたことがないということは、要するに告げ口する奴が周りにいなかったので、人徳の差、ということになるかな・・・。
 
 両親にもばれなかったし。

 高いところに登るという点では、身体能力として最高の時期だった。

 もちろん息子も私も、何事もなく過ぎたからよかったものの、転落していたらただではすまなかったはずだ。

 過ぎてしまったことゆえに言えることだが、順位をつけるならこういうところかな。
  
  1.少し危険なことをして、怖い思いもしたが軽い怪我だった。
  2.少し危険なことをしたが無事だった。
  3.少しの危険も避けたので無事だった。
  4.少し危険なことをして大怪我をした。
  

 現役の子育て中のお母さんにとっては、
 「これを聞かされたからって、私はどうすればいいのよ。」
という感じでしょうね。

 親が迷い続ける間に、やる子はやるんですね。どちらにしても、危ないことはしてはいけませんというしかないし、こっそりやっているのがわかったら、思いっきり叱るしかない。

 
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by mayumi-senba | 2007-07-29 19:04 | 息子

マキャベリを読んでおくといい

 エチカ。(倫理の問題)

 息子が本を読むようになってから、折に触れて言ってきたことがある。

 「マキャベリを読んでおくといい。」

 人は支配されながら片方で誰かを支配している。
 支配されながらも支配しているという自覚が必要だ。

 他者から支配されたり、望むと望まざるとにかかわらず支配せざるを得ない場合がある。
 どちらの立場に立ったときにも、その他者との関係の中に互いに毒があることを知っていてほしい。それはそれぞれの弱さと言い換えてもいい。悪意は弱さの裏返しだと思うのだ。

 マキャベリは、人がどこか心の奥深くで知っていることを驚くほど馬鹿正直にわかりやすく言葉にしている。邪悪さ、弱さ、愚かしさ。

 望むらくは、そんなことは百も承知でいながら、その毒を飲み込み、抱え持ちながら包み込んでしまうような大きさで、その他者との信頼関係を築いたり保ったりできる人になってほしいと思うのだ。互いの幸福のために。

  「マキャベリを読んでおくといい。」
と初めて息子に伝えたのは、まだ小学生のころだ。もちろん、彼がすぐに読むとは思っていなかったが、本屋で眼にした時に手に取る日が来るだろう。わたしの本棚から取り出す日が来るかもしれない。もう読んでいるかも知れない。

 親の望みは果てがない。
 自重が必要かもしれない。
 
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by mayumi-senba | 2006-01-30 23:28 | 息子

投げてやろうか

 息子がまだ小学生のころ、テレビから、アニメの主人公のような声で、
 「こどもを殺したいと思ったことがあります。」
というようなことを言っているのが聞こえた。顔にボカシが入っているが、聖子ちゃんカットで、ピンク色のフレアスカートをはいている女性が映し出されていた。

 その時たまたま息子がそばにいて、
「母さん、信じられないな。自分の子どもを殺すって。」
と言った。
 
 「母さんは、ベランダから投げてやろうかと思ったことがあるよ。」
と答えると、息子は絶句してしまった。嘘ではなかった。

 以前にも書いたが、本当にいつまでも起きている赤ん坊で、私は毎日極度の睡眠不足。
 しょうがないので真夜中にドライブに連れ出すと、その間寝ているがうちに着くと起きて
 「遊ぼう。」
と言う。
 そんなときには、 
「投げてやろうか。」
と思う。思うがもちろん投げない。思うことと実行することの間には大きな距離がある。

 一瞬そんなことを思うのと、息子がかわいくてたまらないということとは、ちっとも矛盾しない。

 私は、人間としても、母親としても、さほど我慢強いほうではなく、思慮深いほうではない。
 そんな私が、それでも、息子がかわいい。努力してかわいいわけではない。
 いったん寝ると、何があっても起きなかった私が、隣に寝ている息子が動いたり、子猫のように「にゃあ」とないたりするだけで眼が覚める。私はそれだけでも自分に驚いていた。
 どんなに疲れていても、保育園のお迎えに行くときの嬉しさはかわらなかった。
 でも、母親も人間なんだから、腹が立つことは腹が立つ。
 ときに「投げてやろうか」って思ったからと言って、別に驚くことは無い。実際に投げることは無いんだから。
 
 そんなことを、私は小学生である息子に言った。
 理解できるかどうかということはあまり考えなかった。
 息子はとにかく、何も言わなかった。
 そんなことがあったことを、覚えているだろうか。
 
 
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by mayumi-senba | 2005-11-23 23:23 | 息子

旅行中

 息子がどこかに旅行に出かけているらしいのでこの隙に書きますが、彼のブログが面白いんです。

 公開してるんだから文句はないだろうと時々覗いて見ると、誤字脱字、変換ミスのオンパレードですが、言いたいことはよくわかるし、さすが親子なのか、笑いどころのツボが同じで飽きません。

 赤ちゃんのころ、夜中まで遊んで寝ないために私を極度の睡眠不足に陥らせたことも、大きなうんちをするとそれが嬉しくて自慢らしく、
 「うんち見てー。」
って見るまでしつこく言ってたことも、許せてしまいます。

 それにしても、いったいどこに行ってるんだろう。

   ・・・・・・・・・・いまだに寝不足をちょっと根に持っている母

 
 
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by mayumi-senba | 2005-11-21 21:04 | 息子

基準服を着ない理由

中学校自由服通学の顛末

 小学1年生の秋か冬ごろから、息子は基準服を着なくなった。私は、基準服と聞いていたので、私が経験している基準服、すなわち
「着たい人は着る、着ない人は着なくてよい」
という理解をしていて、問題があるとは考えなかった。学校からも特にそれが問題であるということはいわれなかった。

 息子が基準服を嫌った理由は、
①着ると痒くてたまらない。実際着せるとすぐに体中を掻き始める。
②半ズボンは遊ぶときに足がこすれて痛いし、怪我をする。
③プリントに「出来るだけ基準服を着るように」と書いてあった。

 子どものことなのでここまでが限界だろうし、私が納得するのには十分だった。

 ただ、子供同士の軋轢については、学校がよほど積極的に私服通学もかまわないということを言わない限り難しいだろうと思っていた。
 しかし、制服好きな人たちがたくさんいて、学校も難しいので、それを学校に押し付けようとは思わなかった。学校はそうするべきではないかとは思ってはいたが。

 小学校の間、私服通学は最初息子だけだったし、後に二人ほど私服通学をするようになっただけだ。ただ、冬になると、上着は基準服でしたはスカートや半ズボンではなく、長いズボンをはく子が多くなった。

 中学も基準服のはずだが、事実上校則に細かく定められていて、「制服」といってよかった。
 私が中学の新入生の保護者が集まる席であのような発言をしたのは、少なくとも大人との軋轢の半分は引き受けておこうと思ったからだ。 

 同じ小学校から来た子達は、息子の私服通学に慣れていたが、他校出身の子からは異様な存在に思われたことだろう。1年生のころはかなり嫌がらせを受けたようだ。上級生の女の子から、
 「私たちの卒業式には出席しないでほしい。」
といわれたこともあったらしい。荒っぽい嫌がらせも含めて、怪我をさせられないかぎり私は一切口出しをするまいと思っていた。
 息子の、喧嘩好きなくせに臆病なところを信頼していたのだ。
 負ける喧嘩はしないし、喧嘩をしても怪我をさせないだろうという信頼があった。
 実際、その点について息子は期待を裏切らなかった。
 
 こう書くととなんだかとっても立派に聞こえるが、もちろん、普通に子どもなので、幼い、場合によってははた迷惑な行いもきっと多々あったに違いない。

 
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by mayumi-senba | 2005-10-17 09:57 | 息子