カテゴリ:息子( 41 )

中学校自由服通学の顛末

おそろいは合意がないと・・・。

以下の文章は、息子が中学2年生のとき、「通学服を考える会」というところからの依頼で書いたものです。後にも先にも、中学で先生にものを申したのはこれっきりです。

  「子ども同士のことは自分で決着をつけるように。できないなら基準服を着ること。先生が説得ではなく、強制してきたら親に任せること。大人と子どもでは、同じ土俵で話ができずにキレテしまうから。
 今回は大人同士の交渉をちゃんと観察しておくように。」
と、文中にありますが、このような機会を与えてくれた学校に感謝しています。


中学校自由服通学の顛末


仙波 眞弓



 昨年の春、中学校の体育館で入学説明会があった。質問は、という時に、

「うちの子が、自由服通学をするといっています。親としては止める理由がないので、学校はそのつもりでいてください。」

と言うと、司会をしていた先生が、

「それは…。校長先生や指導の先生と…。」

とくちごもる。私は答えた。

「うちの子が基準服を着ないと伝えているだけです。許可を求めているのではありません。あまり例のないことでしょうから、あらかじめ親のほうから伝えておいたほうが混乱がないだろうと思って申し上げています。」

 後日、校長から自宅に電話があり、話がしたいと言うので、入学式の後、時間を割いて校長室に行くと、校長と担任が待っていた。私は、

「このたびは、先生方にご面倒をかけます。」

と挨拶した。以下はそのときの会話。


学: 基準服のことですが、息子さんが自由服で通学したいといってるんですか。お母さんの意思ではないんですか?


私: 私はあの子に、「面倒だから基準服にすれば」、と言ってあります。小学校のときから、私が基準服を止めたことは一度もありません。ただ、あの子が言う基準服を着ない理由は、私にはまっとうに思えますので、止め立てはできないと考えています。基準服は制服ではなく、強制できないですね。


学: でも、学校には校則というものがありますから…。


私: 先生もご存知でしょうが、広島市では基準服は強制してはいけないことになっていますね。それを破ることになる校則そのものに、ルールとして整合性がないですね。


学: ですが、集団生活をする限り、ルールは必要です。


私: あの子が裸で授業を受けたりしたら、ぜひ注意してください。私も許しません。非常識ですから。でも、トレーナーにジーンズで勉強すると何か不都合がありますか。私は、集団生活にルールが必要だと思います。だから学校に通わせるんです。勉強だけなら、学校でなくてもできます。でも、そもそも作ってはいけないルールがあります。


学: 高校はたいてい制服ですが、困るでしょう?


私: 本人は、行きたい高校が制服なら、それが承知で入学するのだから制服を着用すると言っています。


学: 高校は嫌うでしょうね。もちろん私服通学をしていたから落とす、ということは言わないでしょうけど、違う形でね。茶髪のこが落とされてます。茶髪だから落としたとは言いません。まあ、本当に成績が悪かったのかもしれませんが。ところで茶髪についてはどうですか。


私: 高校の先生は、中学時代の自由服通学が、高校入学でネックになることはありえないと言われていますが。茶髪は許しません。そんなことは自分で稼ぐようになってからすればいいことです。


学: 我々は、ほかの子をどう指導すればいいんですか?なぜあの子だけ私服でいいのかと聞いてきたら、どう答えればいいんですか。


私: それは先生方で考えてください。私が考えることではありません。


学: ほかの保護者からのクレームにはどう答えればいいんですか。


私: 義務教育中の公立学校での通学服は、それぞれの家庭が考えればいいんじゃないですか。教育上ぜひとも必要なら、無料で支給するように先生方が運動してください。そこまで学校が何でも抱えることないじゃないですか。何もかも抱えたら大変でしょう。家庭の教育力の必要性がこれほど言われているのに。なんでも学校に任せる親が多すぎます。先生方もお困りでしょう。

教育は、家庭と学校が力を合わせることが大事ですよ。私もうちで教えるべきことはきっちり教えますし、先生方の要請があれば、うちの子のことでなくても私の時間をできるだけ割きます。子どもはみんなで育てないと。できることはやりますよ。

まあ、よその親御さんが、うちの子が自由服で通学することに文句があると言うのなら、私が対応しますから、どうぞ私に言えとおっしゃってください。私は、基準服を着せたい家庭に口出しもしませんが、同じ服装で通わせたいという趣味の人に、高い金を出して付き合う気はないです。


学: 上級生からいじめが予想されますが、学校としては責任がもてません。


私: それは困ります。学校の中や登下校中にうちの子が怪我をさせられるようなことがあったら、学校にも、その子にも、それ相応の責任を取ってもらいますから、そのつもりでいてください。黙っているつもりはありません。人と変わったことをしていたらいじめてもいい、などということを学校は教えませんよね。


学: いじめは、靴を隠す、というような犯人が特定できない陰湿なかたちでやってきます。


私: 一回目はいいです。靴でも教科書でも買い換えましょう。でも、その都度、同じことが二度と起こらないような対処をしてください。それでいいんですから。


学: 私服だとお金がかかって大変な家庭の子がいるんです。僕たちはそういう子達のことも考えなければならないんです。


私: トレーナーにジーンズを2枚ずつ、体育用のTシャツにズボン、全部合わせて1万5千円でした。バッグは小学校のときのものを使うそうです。学校指定のものだと、全部で5万円以上でしたね。


学: でも制服はリサイクルができるんです。


私: 自由服はもっとリサイクルしやすいです。同じ学校の先輩からだけじゃなく、いろんな人からいただくことができます。

先生、私はただ、こどもに自由服通学をさせると言っているだけで、学校のやることになんでも反対と言ってるんじゃないですよ。上履きは学校指定のを買いました。学年ごとの色違いだから、きっと先生が生徒を管理するのに便利でしょう。それぐらいなら付き合いますよ。私は、先生方といっしょに子どもを育てたいと思っています。


学: 基準服を着るように指導することはかまいませんか。


私: どうぞ。私はもともとそれでも別にいいんですから。基準服を買う程度の経済力はあります。ただし、強制はできないはずですね。説得はどうぞ。あの子にとっても、物事を考えるいい機会になるでしょう。


 息子には、次のように言って聞かせてあった。

「子ども同士のことは自分で決着をつけるように。できないなら基準服を着ること。先生が説得ではなく、強制してきたら親に任せること。大人と子どもでは、同じ土俵で話ができずにキレテしまうから。
 今回は大人同士の交渉をちゃんと観察しておくように。」

 あれから一年。上級生からの嫌がらせもあったようだが、受けてたったり流したり、また、キーパーソンとの関係を作ったりしながら、元気に学校生活を楽しんでいるようだ。先生たちとも、結構いい関係を保っている。

 楽しみにしていた他の保護者からのクレームは、全くない。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-10-10 08:29 | 息子

かわいそうな子

息子を可愛がってくれる料理屋さんに行って、彼の子どものころのことに話が及んだ。

 息子はスポーツが好きで、小学生のころに
 「子ども会のチームに入りたい。」
と言った。
 それを、私は許すことができなかった。
 息子は、それがなぜなのか不思議だったそうだ。

 理由は、子ども会に子どもが入ると、親は自動的に役員になり、毎週のように子どものチームの送り迎えや見守りをしなければならない。
 役員になるのは持ち回りらしい。
 しかし、子どもが小学生になると会員になり、同時に母親は役員をやれといわれたころの私は、その日に役員の仕事をしてしまうと、次の週の日常生活がとても保てず、非人間的なものになってしまうという状況だった。

 洗濯、掃除、買い物と自分自身の休養。
 どうしても必要。

 仕事をやめればそれはできただろう。
 しかし、その時私は、もし仕事をやめなければならないのであれば、それが夫ではなくなぜ私でなければならないのか、どうにも腑に落ちなかった。
 夫とも話し合ったが、夫は自分がやめるということを言わない。そして私にやめろということも言わなかった。言われたからって私がやめることはなかったに違いない。

 私たちの子どもに生まれた以上、恵まれたこともあり、不運なこともある。私は息子に子ども会の野球をあきらめてもらうことにした。
 
 息子は不満であったろうが、息子の不満をすべて取り除くつもりなど私にはそもそもなかった。

 私が仕事をやめる事が、息子の幸せにつながるとは思えなかったからだ。
 すべての女にとってと言うことではないが、私にとっては、仕事をして自分の食い扶持を稼ぐというのは生きていくための必要条件だった。それを息子のために犠牲にするということが、息子のためになるとは思えなかった。

 「子どもはこのことでは可愛そうですが、参加させないことにします。いつか私にもできる日が来るかもしれませんが、今の私には役員の仕事をすることができません。」
と、子ども会の保護者の人に言った。
 彼女は、
 「息子さん、かわいそうに。祭りのみこしにも参加できませんよ。みんな、仕事しながらでも役員をしてますよ。」
と言った。
 「仕方がないと思っています。」
と私は答えた。

 かくして息子は「かわいそうな子」ということになった。
 当人は何がかわいそうなのか分からないだろう。

 私は、この、「かわいそう」という目線を息子のために憎む。
 「かわいそう」という言葉を、地域で生きる子どもたちのために憎む。



 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-08-14 19:15 | 息子

つまらない論文

息子が帰国してはや3週間。アメリカには祭日がなくて、この大型の休暇ということらしい。

 私よりも20センチ近く背が高い息子がブラブラしていて、それに毎夜クタクタになって帰宅する私が小遣いをやるなんて、私の精神衛生によくない。
「休暇中の小遣いくらい自分で稼げ。」
といったが、高校生のしかも短期のバイトというのがなかなかないらしい。

 それでは私の気が済まぬので、ムスッとしながら考えていると、・・・・・・・・・・・・・・・ヒラメクものですね。

 「論文を1本書く。」
ということにした。そう告げると、息子は、
 「じゃあ、コーヒーのことについて調べようかな。」
とのんきに言った。
 
 小学生の自由研究じゃあるまいし、バイト代わりの論文だぞ。はじめから興味の沸くことにしてなるものか。

 「プラスチックの歴史」

というテーマにした。どうです。高校生には面白くなさそうでしょ。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-06-19 21:35 | 息子

反抗期

  私の両親は、息子がよちよち歩きのころから、
 「こんなに育てにくい子は見たことがない。」
と言っていた。私より育てにくかったそうだ。

 たいていわが子より孫の方がやりやすくなっているはずなので、しかも私よりということなので、相当なものだろう。

 言うことを聞かない。
 反対のことをする。
 とんでもない屁理屈をこねて黒を白という。
 すぐどこかにいなくなる。
 いなくなっても迷子になった自覚がなく、果てしなく遊んでいる。

 世間の人が反抗期と呼ぶ時期に入ったころには、私は息子にこう言っていた。

 「一生分反抗したんだから、もう反抗するな。」

  息子は学校で先生に叱られても、普通のボリュームだと叱られているという気がしないらしい。大きな声でしっかり怒りを見せないと、叱られているという気がしないらしいのだ。

 「やめなさい。」
 「やめなさいよ!!」
 「やめんかー!!」  

 で、最後あたりでやっと叱られていると気がつくくらい。

 どっちにしても、いつからいつまでが反抗期なのかはっきりしないまま反抗期は過ぎ、反抗期などというものが実はあったのかどうかわからない。
 おかげで私は子どもが反抗期であるということで悩んだことがない。
 悩まないといけないとしたらよちよち歩きのころに遡ることになる。
 反抗なんて日常茶飯事で慣れっこになっていた。


 神様はちゃんとつじつまが合うように按配してくれているものだ。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-05-19 00:06 | 息子

ママのちんちんを貸してあげてる

 私が息子についた、最大の嘘は、

 「ママのちんちんを貸してあげてる。」

ということだった。一緒にお風呂に入っているときにも、一刻だってじっとしない息子に、

 「そんなことするんだったら、ちんちん返して!!」
と怒っていた。
 
 息子はそのときだけ、全身の力を込めて、
 「イヤダ!!」
と叫んでいた。そしてその暇に私は息子の身体を洗うのだった。

 それはいたいけで可愛かった。

 かすかに、去勢不安、グレートマザー、などというおどろおどろしい心理学用語が頭をかすめもしたが、まあ、やめようとも思わなかった。

 いつしか、「イヤダ!!」から、「ウソダ!!」に変わり、私もつまらなくなって言わなくなった。
 

 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-04-24 15:05 | 息子

喧嘩はギャラリーと

 息子は、小さなころ喧嘩好きで、恋に恋するように、けんかのためのけんかをするようなところがあった。

 私は、こんなことを子どもに言ってもわかるはずがないと思いながら、
 
 本気で喧嘩をするときには、相手を降参させる、とか、相手を説得するとか、ということを目標にしてはいけない。
 相手に自分の理屈をわからせようとしなくてもよい。
 ギャラリーにあなたの言い分が正しいと思わせる、ということを目標にして喧嘩しなさい。

といい続けてきた。

 今は、以前のように喧嘩しないし、結構友達を大事にしているようだが、あの言葉はどの程度息子の心に届いているのか、色の濃度のようなものでわかるなら、と思うことがある。

 でも、そんなことがわかった途端に、息子は人間ではなくなってしまうだろう。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-31 23:37 | 息子

美しさを知る日

 むすこが保育園に通っているころ、私は、この落ち着きのない子に情操教育をせんとて、夕焼け空を見あげて、
 「ほら、お空がきれいでしょう。」
と言ってみた。期待していたわけではないが、息子はやはり、
 「え・・・・・・。」
と言ったきり、
 「またわけのわからないことを言っている。」
というような顔でしばらく私の顔を見た後、何事もなかったように、道端に何か面白いことはないかという目つきを取り戻して、すぐにダッシュ出来る体勢で歩いているのだった。

 こういうことを何度か繰り返し、小学生になっても同じ反応しか返ってこない息子に、
 「この子はもしかしたら、私のおなかの中に、情緒というものを置き忘れてきたのかもしれない。」
と思うようになった。まあ、情緒というものがなくても、別に困りはしないと思い、私はそのことに頓着しなくなった。

 そして中学生になった夏休み、私の実家に自動車で帰ったその道中、360度に広がる空を突き進むうちに、その空の色が少しずつ変化して行き、青い中に赤みを帯び、白い雲は灰を含み、なんともいえない幻想的な景色が目の前に広がりだした。私は、
 「こいつにはこの美しさはわからないだろう。」
などと思いながら、その美しい空の中に身をおく幸せをかみしめていた。すると、息子は、
 「きれい。」
と言った。私はわが耳を疑ったが、息子は確かに「きれい」と言った。

 息子は息子で、今まで数え切れないほど夕焼け空を見ているはずだ。それが今はじめて、その美しさに気がついたようだ。私にはその瞬間の息子がとても不思議な存在に思えた。

 今までどうして夕焼けがきれいだと思わなかったのか、という疑問は、息子にはないようだった。

 美しさを感得する能力は、発達段階で獲得していくのだということを忘れていた。なんとなく、夕焼けは誰が見てもきれいで妖しいのだと、信じ込んでいた自分がおろかに思えてきた。

 それから、息子はすこしずつ大人びてきた。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-07 20:28 | 息子

カルチャーショック

息子から電話があって、

 「僕が読んでいた本が取り上げられて、抗議をしたら家に送るということだから、それを見たら問題ないという返事をしといて。」

という。取り上げられたのは「クイアジャパン」という本らしい。

 息子は、遥洋子ー上野千鶴子ラインをこよなく尊敬している。例の「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を読んで以来、上野千鶴子さんがこの世の中でケンカがもっとも強い人であるとインプットされているのかもしれない。生来喧嘩好きな彼は、ミルコ・クロコップと同じ感じでリスペクトしているのだ。

 で、それ以来、サッカーと格闘技とフェミニズム関係の本が好きな、妙な少年になってしまった。

 また、橋本治なんかも好きで読んだりしていて、同性愛についても関心を覚えたらしい。

 問題の本はどうもフェミニストと同性愛の人が数名ずつ筆者として名前を連ねているらしい。「醜い」ということに焦点を当てて論考しているのだという。

 写真が強烈なため、同性愛のあおり本だと思われたらしいが、息子としては同性愛の本なら読んではいけないというのもおかしなことなので、まじめな本だと抗議をしたら、
 「同性愛は教義に反する。」
と返事されたらしい。
 「キリストはすべての人を愛せ、と言ったのではないのか。」
と食いついたら、日本に送って親に見て貰う、ということで決着したらしい。
 「それなら送料は学校もちにしてくれと言っといたよ。」

 最後の言葉で、結構やるな、と感心しながら、
 「そもそも宗教というのは信じるもの、教義に従うものだけを愛せ、といってるんじゃないの。」
などと、クリスチャンじゃないもの同士、素養のないもの同士でレベルの低い宗教談義をした。

 そして、話しながらアマゾンで調べたら、5巻まで出版されているので、
 「なんならもう一冊買って一緒にに送り返してあげようか。」
と言っておいた。

 追伸:抗議のなかでフェミニズムという言葉を使ったら、数人の先生達が、
 「それはいったいなんだ。」
とお互い同士で顔を見合わせていたらしい。
 

 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-01-23 23:39 | 息子

へんな甘え方

 息子が小学生の頃の話。

 宿題で3角形の問題を解いていた。

 その3角形は△ABCではなく△あいうと表記されていた。

 私は何気に、
 「角(かく)あ角(かく)い角(かく)うを全部足すと180度になるんだよね。」
と、言わないでもいいことを言った。

 すると息子がきっと顔を上げ、
 「母さん、いまなんて言ったの?!」
と言うので、もう一度同じように繰り返した。すると息子は、
 「かくはどんな字?」
と聞くので、「角」だと答えると、
 「それはかどだ。」
と言って聞かない。
 「みんながかくって言っても、僕はかどと言う!!」

 いつものことだが、そこに来るか、とあきれながら、結局次のようなやり取り。
 「算数や数学ではかくということになってるよ。」
 「でも僕はかどといいたい。」
 「じゃあ、これからは三角形のことをさんかどけいといいなさい。」
 「そうする。」
と言うんです、これが・・・、もうまったく・・・・。

 「あんたがさんかどけいといっても、誰にも通じないから、これからはさんかくけいではなくさんかどけいと呼びましょうということを世界中の人に説得してまわらないと、話は通じないよ。大人になっても説得しきれないよ。大人になったら、お仕事しないといけないから、遊ぶ暇と寝る暇を惜しんでそれをしないといけない。やってみたら。」
と言った。

 ・・・・・・・・・・・・
 しばらくの無言のあと、
 「やっぱり辞める。」
と息子は言った。

 この話をだれか大人にした時に、反応が二つに分かれるので面白い。

 ある人は、
 「子どもは追い詰めないほうがいいんじゃないかな。」
 またある人は、
 「面白い話ですね。楽しそうだな。」

 実際は息子も覚えているようだけれども、じゃれている感じに近い。

 息子がいい加減宿題には嫌気が差していて、何かじゃれたいところに、私が格好の餌を播いただけのことだ。そして、彼好みのじゃれ方をしている。言葉を変えれば、これが彼の甘え方だと私は考えている。
 
 つまらないことを言って、それに付き合ってもらう、という甘え方もある。

 息子の性格が違っていたら、私はこんなじゃれ方をしないだろう。

 子どもの甘え方も十人十色だし、その時々の甘え方がある、と思う。

 
 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-01-19 01:24 | 息子

息子が帰国しました。

 息子が12月18日に無事帰国しました。

 アメリカでできなかったことを、寸暇を惜しんで満喫する毎日を送っているようです。

 遅い時間にもかかわらず、食事の時には、あちらで気づいた、彼なりに面白かったことを、機関銃のように話します。それは、もう一度自分なりに整理するためのように思えます。

 彼が驚いていることのひとつは、
 「誰が馬鹿でだれが賢いのかわからない。」
ということです。
 大学レベルの社会科のクラスを取っている子が、日本の中1レベルの数学を取っているということがあったり、数学がものすごくできる子が、そのほかの教科でまったく駄目だったり。
 息子曰く、
 「馬鹿だと思っていたら、どんな隠しだまをもっているのかわからないし、勉強ができるできないということでの序列化が感じられないので、日本のように学校の中での自分の立ち位置がわからない。」
ということらしいです。
 「それがいいことなのかどうかはわからない。」
とも言っておりましたが、そのわからなさの正体を突き詰めることはやめておきました。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-01-01 03:29 | 息子