カテゴリ:世間のこと( 215 )

同感です。

彼らを擁護すべき最大の理由

 全く同感です。

 書き加えることも、ここは自分とは違うということもありませんので、
こういう形をとりたいと思います。
 
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by mayumi-senba | 2004-04-23 20:12 | 世間のこと

裁判員制度について思うこと

 裁判員法が23日に衆議院を通過する。
 正直、こんなこと日本で本当に実現するなんて思っても見なかった。

 内容についてはいろいろ問題もあろうと思うが、私は、すべての事件を今の司法制度で裁くよりも、特定の事件については国民が参加するというこの制度に基本的に賛成である。

 もう本当にこれだけ証拠が出揃った時代に、大学を出てなければ賢くない、大学をでてれば人間として賢い、などという幻想は捨てたほうがいい。
 身近な人の顔を思い浮かべても、学歴と人間としての賢さは無関係であるという確信が深まるばかりだ。(反比例するとも思わないけどね、○○君。)

 司法試験も、医師国家試験も、国政選挙も、人間としての賢さをなんら保証するものではない。ほかに仕方がなくて続いているに過ぎない制度なのだ。

 人は自分から遠い所で起こったことについて、どこまでも鈍感になれる。遠い人の痛みは百年でも耐えられる。

 今の制度である限り、裁判官によって裁かれた原告も被告人はいつまでたっても「偉い人」によって裁かれた「遠い人」でしかありえない。
本当はそんなことはないのに、である。

 
 人間としての偉さは、「想像力がどこまで及ぶか」というこの一点にかかっていると思う。
 
 被害者や被告人にぎりぎりまで近づいて、ぎりぎりまで自分の想像力を働かせ、有罪か無罪かを考えるのに、一般国民の感覚が、むしろ必要なのではないかと思う。

 われわれ国民にも、いつも遠くで「ひとごと」として見るだけですまない経験が必要だと思う。

 

 
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by mayumi-senba | 2004-04-22 12:24 | 世間のこと

30代、夫からの離婚申し立てがふえている?

 少し前まで、熟年離婚が話題になっていた。妻が夫の定年直後に離婚を申し立て、退職金の半分を受け取って離婚する、というアレである。

 1996年の離婚総数52208件
        うち、夫からの申し立てによるケース14813件
           妻からの申し立てによるケース37395件

                        (離婚に関する統計  ~司法統計より~)


      圧倒的多数が妻から言い渡されていることになっている。


 ところが今、30代ではの夫から妻に向けて離婚の申し立てをするケースが増えてきているという。

 30代の妻からの申し立てによるものの実数も増加率もわからない、夫からのも同様という状態であるが、とにかく夫からの申し立てによるケースが増えてきている気配があるんだそうな。新聞社に勤める知人によるとである。嗅覚のいい人なので、そうかもしれないと思う。

 統計に出てくる「妻から」、「夫から」というのは、実態から離れているケースがあるので、どこまで信用していいのかわからないのだ。そばで見ている人間でも本当の所はわからないのではないか。

 実際の所、どうなんだろう。

  

 
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by mayumi-senba | 2004-04-21 00:03 | 世間のこと

今すぐ発言しなくても・・。評論家じゃないんだし。

 イラクで囚われていた3人の方々の解放は、本当にうれしい知らせだった。

 この間の家族の振る舞いやご当人たちの物言いに対して、ネット上激しい非難の言葉が舞っている。年端もいかない若い人からも激しい物言いが目立つ。

 ネットで自由に思いを発信できるようになったことを、私は喜ばしく思っているが、皆さん、思いを発信できるようになったら、今度はコメントを出さなければいけないという脅迫観念に捉われていないだろうか。

 「聞かれたら答えなければならない」、から、さらに進んで、「物事が起こったらコメントを出さなければならない」、という評論家魂が刺激されるのだろうか。評論家ではないのに。

 成人されている当人の行動を家族や親戚が止められないのは、胸に手を当ててみなくてもわかることだ。
 その家族が、それでもやはり身内の危機に取り乱しているのは、これも当たり前のことだ。何をどう考えていいか、情報も不足しているし、その間も危険はさらに大きくなっているかもしれない。そんな状態で、何億という人の前に引っ張り出されて、どういえば、どうすればテレビの前の人たちが満足するのか。

 ご当人たちにしても、覚悟の上とはいえ、囚われていた間は情報から遮断され、命の危険にさらされていたのだ。何が起こっているのかわかっておられない。私たちと同様に。

 犯人の事情、当人たちの事情、日本、イラク、そしてその他の国家の事情など、もう少しいろんなことがわかってから、自分の考えを出しても遅くないのではないか。

 むしろ今は、何をどう判断すべきか、そのために必要な情報をもっと得るためにエネルギーを割くべきではないか。そのためにネットが活用されることを祈る。
 
 
 仙波眞弓のココロ
 

 

 
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by mayumi-senba | 2004-04-16 15:40 | 世間のこと

戸惑いながら拝んで欲しい

小泉首相の靖国神社参拝が違憲であるとの判決が出た。私も違憲だと思う。
 
 違憲であるとか、アジアとの関係やA級戦犯が合祀されているなどといった問題とは別に、公人の靖国参拝の話が出るたびに思うのだが、ソコで祀われている人は、すべての人が祀われることを望んでいるだろうか。

 少なくとも私は、死後、自分の知らないところで神様にされて誰かに拝まれたりすることは身震いするほど嫌だ。
 私を知る人の中で、私とのつながりを大事に思ってくれているごく少数の人の心の中だけで存在することを望む。彼らが死んだと同時に彼らの脳細胞が活動を止めた時、そのとき私はこの世からいなくなる。そうありたい。

 考えてみれば、今神様として祀られている人、祀られている物の中で、
 「私、神様になってもいいよ。」
と言った人はいないのではないか。
 
 菅原道真なんか、失意の中で死んだとされているが、知らない間に天神様にされてしまって、目の前で梅が枝餅なんか売られている上に、縁もゆかりもない子の受験の心配をさせられている。受からなかったら霊験がないことになってしまう。
 彼にとってうれしいことかどうかはわからない。

 私なら、
 「そんなこと知るか!」
という話である。

  白い蛇だって、たまたま色素が少ない体質に生まれたばっかりに、神様にされてはよろず相談事を引き受けている。

  生きている人間は強欲であるし、鈍感である。当人の嫌がることをしといては祀り、さらに死後は自分の心の安寧のために祀るのである。

 石ころや水や木だって、別に人間に利用されたくてそこに在るわけでもないのに、利用された後神様にしてされて、さらに利用される。しかし文句は言わない。

 生きている人間にとって、何かを拝むことが必要であるとも思う。それは謙虚であるためである。しかし拝まれるほうにとって、それは知ったことではないのだ。

 対象が何であれ、神様として祀り、拝むときに、ある種の後ろめたさがあったほうがいいと思う。拝まれることがうれしい人ばかりではない。

 小泉さんの言動にはそのような後ろめたさが感じられない。


 

 
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by mayumi-senba | 2004-04-08 12:58 | 世間のこと