カテゴリ:世間のこと( 215 )

模糊数学

  ファジー理論のことを中国ではこういうそうです。

  なんか、かわいさと賢さを兼ね備えた女の子をイメージしてしまいます。
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by mayumi-senba | 2009-10-14 20:14 | 世間のこと

ぶっちゃけ

 「ブッチャケ」とか「じゃあ、言うけどね」とかっていうのが口癖の人がいる。

 頻回に使うものだから、後に続く内容が、ちっともブッチャケてないし、言うけどね、と言うほどのことでもない。

 いや、逆であろう。大したことでもないことを言うのにも、そういうきっかけがないと言い出しにくいのだろう。

 会話の音痴と言ってもいいかな。
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by mayumi-senba | 2009-10-12 19:53 | 世間のこと

フリーズしないのよ。

  時々だけど、病院では、乱暴な言葉遣いでわれわれ職員を脅すような言葉遣いをする患者や家族がいる。

  職員の中には声を荒げられるとフリーズしてしまう子がけっこういる。

  少なくとも入院患者であれば、病気を抱えていてたいてい体が不自由なので、声を荒げる以上の乱暴を働こうとしても、たとえば今のこの年齢の私ですら、抑え込むことができるだろう。そんなことしないけど。

 もっといえば、ふつうに逃げれば追いつかれることはないので、要するにまったく恐るに足らない。

 理不尽なことを叫んでいれば、何も言わずにくるりと向きを変えて立ち去ればよい。
 同じことを繰り返すのであれば、こちらも同じことを繰り返すだけである。

 冷静に話すのであれば、きちんと話を聞いて、誤解があれば解き、要求がどうしても受け入れられないものであれば、可能な限り事情を話してわかってもらい、受け入れられるものは受け入れる。

  あせってしまい、黙って立ちすくんでしまうと、あいての理不尽な怒りがさらに増していくだけである。

  訓練だなあ、と思うのは、一度そういう目に会って、何度かこのような対応をすると、たいていの子は恐れず立ち去ることができるようになる。

  患者でなくて家族が大きな声でわけのわからないことを叫んでいれば、これは危険なことがないことはない。逃げてもつかまる可能性がある。

  でも、こういう人も恐れるに足らない。

  なぜなら、たいていそういう人は、頭が悪いか、そうでなくても頭に血が昇って冷静ではないので、怒鳴りたいだけ怒鳴ってもらって、その中で何が彼をそうさせているのかを冷静に探れば、警察を呼ぶべきか、糸口が見つけられるか、判断がつく。

 本当に危険な人は、こんなバカなことはしない。

 
  
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by mayumi-senba | 2009-09-14 21:38 | 世間のこと

在宅復帰・・・「お二人でしっかり話し合ってください。」

  こんなことがある。ときどき。

 脳卒中を患ったため、体が不自由になったが知的には問題がなく、介護保険のサービスを受ければ一人暮らしができる男性。

 この男性は在宅復帰を希望している。

 しかし、彼には同居する妻がいて、妻が、

 「自分には仕事があるので世話ができないから、うちに帰ってきてもらうと困る。」
 「自分は身体が弱いので世話ができないから、うちに帰ってきてもらうと困る。」
 「自分には、すでに一人介護をしている身内がいるので、うちに帰ってきてもらうと困る。」
 etc。

 このとき、夫がそれを聞き、施設入所を受け入れれば問題はない。
 
 夫が、
 「それでも自宅に帰りたい。妻の世話は受けない。」
と言う。

 すると妻は、うちに帰ってもらうと困るということとその理由を、夫ではなく私たち医師に、繰り返し訴えるのである。

 そもそも、介護サービスを受ければ一人暮らしができる人が、
 「退院してうちに帰りたい。」
といえば、私達にはそれを止めることができない。
 「そうですか、どうぞ。」
というしかないのである。

 すると妻は、
 「私はどうなるのですか!!」
と怒りを込めて私たちに言う。

 「一切世話をしなければよい。」
と、私たちは、これもそう言うしかないのである。すると、

 「目の前にいるのにそんなわけにはいかないでしょう!!」
とさらに怒りを込めた言葉が返ってくる。

 「世話をするかしないかは、あなたの自由です。どうしても夫が帰ってくるのが嫌だというのであれば、夫婦で話し合って別居するしかないでしょう。」
と答える。

 妻は、そこのところのやり取りや手続きを自分でしたくないから、医師から夫に、
 「自宅に帰るのは無理だ。」
と言ってほしいのだ。病状を理由にして。

 言いたいことはわかるので、同性として同情は禁じえないが、私たちは夫婦間の問題を裁いて判決を言い渡したりする権限を持たない。

 私たちにできるのは、

 夫に、
 「奥さんの手をわずらわさないようにしてあげてください。」
とお願いをするか、
 「奥さんが、目の前にいたらどうしても世話をしてしまうと言ってるので、そうすると奥さんが大変なので施設に行ってください。」
と、これもお願いするしかないのである。しかし、そもそも独居が可能な人の施設入所ということじたいが、制度上問題がないではない。

 実際はこういう場面で、医師は裁判官のようなふるまいをすることが多い。

 私は、それはどうかと思う。

 「お二人でしっかり話し合ってください。」

ということにしている。

 

 
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by mayumi-senba | 2009-09-07 17:29 | 世間のこと

鳩山新政権は記者クラブ開放という歴史的な一歩を踏み出せるか

鳩山新政権は記者クラブ開放という歴史的な一歩を踏み出せるか

 記者クラブ問題については、上杉さんの活躍に注目してきたので、現在の彼の昂揚ぶりが共有できる気がする。

  なぜ、それほどまでに記者クラブが重要なのか? それは記者クラブ制度がメディアのみならず、じつは霞ヶ関にとって、極めて都合のよいシステムだからだ。

 官僚たちは、記者クラブをコントロールすることによって政治家を使い、自らの利権構造を強固にしてきた。与党と記者クラブが癒着することで、巧妙にその操舵室に忍び込み、歪んだ権力のトライアングルを操縦し、もっとも甘い汁を吸い続けてきたのは官僚たちである。


 民主党政権についてはそれぞれの立場で注目する点が異なることだろうと思うが、私は、ここに関心が集中している。
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by mayumi-senba | 2009-09-03 23:37 | 世間のこと

歌のうまい女の子

  you tube で可愛い猫の動画を見ていたら、フィリピンの可愛い少女がカラオケで歌っている動画に行きあたって、その子の幼い印象と聞こえてくる歌声のあまりの乖離に、どうしてこんな手の込んだ動画をあげるのだろうと思った。流れているのは彼女ではなく、プロが歌っていると思ったのだ。

  Charice Pempengco

  こんな才能を、世の中が放っておくはずがない。

  これほどの才能を持ってしまった子どもは、大人たちから与えられ、奪われるものを、自分の成長に程よく塩梅して取捨選択することなど、出来るはずがない。

  才能を持たない子ですらできないことなのだから。

  容赦なく与えられ、奪われるものに苦しむ日が来るのだろう。その苦しみを苦しまない歌手を、世間は許さない。

  私は、若くしてすでに広く知れてしまった才能の行く末に来る苦しみを、彼女が乗り越えてくれることを心から祈る。

  

  
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by mayumi-senba | 2009-08-27 18:49 | 世間のこと

少子化についてふりかえる

 少子化、という言葉を聞かない日がない。

 隔世の感、である。いままで書いたものを読み直してみる。


 出生率のこと

 女が働くことと少子化

 少子化は危機か?

 NIESで進む少子化 ペース日本以上

 
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by mayumi-senba | 2009-08-23 22:29 | 世間のこと

孤独

  引用-----
最近、銀幕を飾った往年の美人女優が60代で亡くなった。

 病気を患い独身で死んだということだけで、「壮絶孤独死」とメディアに書かれる。60代にもなれば病気のひとつやふたつあって不思議ではないし、独身なのだから、死ぬ時だってひとりなのは想定内だ。

 なぜ、死ぬなり「孤独」と書かれなければいけないのか。ならば生きている時から「壮絶孤独生活」と取材し、「孤独に散歩」「孤独にお洒落」と記事を書けばいい。

 生きている時には書けなかった独身への冷ややかなまなざしが、死んだとなると解禁したように牙をむく瞬間だ。
----終わり

この記事の中で、遥洋子さんが紹介しているのは、お分かりだと思うが、大原麗子さんである。

 優しげな顔立ちに、ハスキーでかわいらしい声が魅力的な女優さんだった。彼女の私生活で私が知っていることと言えば、歌手の森進一さんと結婚して、離婚したこと。

 記憶が間違っていなければ、森さんは、
 「一つの家に二人の男がいるような生活だった。」
というようなことをコメントしていたが、彼女は一切コメントしなかったように思う。

 なんてかっこいい人なんだと思った記憶がある。

  遥さんの言うとおりだと、私は思う。

  さらにいえば、大原さんは死後こんな風に書かれることも知っていたはずで、その上での療養生活だったのだと思うから、彼女自身はきっとへっちゃらだろう。

 そう考えれば、孤独という言葉をこのように使うものの見識の低さや品の無さがよけいに際立つ。
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by mayumi-senba | 2009-08-22 00:47 | 世間のこと

最高裁って・・・・

今回のマル激トーク・オン・ディマンドで、初めて最高裁の実態を知った。

みなさん、びっくりしますからぜひ見てみてください。

マル激トーク・オン・ディマンド
一件にかけられる時間が単純計算でいくと1時間足らずだって・・・。

今回はきっちり判断して×を書くべきは書こう。

 
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by mayumi-senba | 2009-08-17 22:26 | 世間のこと

男と女は赤と青 とはちがう見方

 尊敬するフェミニストであるアネサンとの付き合いはすでに10年を超え、なお、その敬慕の情は変わらない。

 当たり前だが、敬慕の情と理解の間には溝がある。むしろ「理解できていないが理解したい」と、その溝を少しでも埋めることを欲するがゆえに、付き合いが続くのかもしれない。

 そして理解と同意の間にも溝がある。

 実は、

  「男と女には生物学的な差異がある。」

という言説に対するアネサンの態度が、どうにも理解できないでいた。彼女だけでなく、多くのフェミニストがそうであるのを見聞きする。

 彼女の話を聞いていると、

 女に生まれるのではなく女になるのだ (ボーボワール)

という時の女は「ジェンダーとしての女」であり、もちろん「生物学的な意味でメス」のことを言っているのではないということは理解できるが、

 生物学的な意味でのメスとオスの差異に言及すると、それに対しては否定、あるいは拒否という態度がみえ、私は不思議であった。

 「生物学的にも男女以外に、いろんなありようがある。」
というのが反論の一つであったが、私にしてみれば、それはそうで、

 細胞分裂で増えるものもあれば、単性生殖あり、働き蟻のように、個体としては生殖にかかわらないものもあり、産む性がメスなら、それはメスか?という疑問も成り立つ。

 人間に限っても、XXY、XYYと遺伝子レベルにしてからどう判断してよいのかという個体がある。出生後になってしまえば、どこからどこまでが生来のもので、どこからどこまでがジェンダー化によるものか、不確定性の闇に紛れてしまうが、遺伝子レベルでは、男と呼ばれるカテゴリーと女と呼ばれるカテゴリーがあり、その合間にそれ以外として分類されるカテゴリーがある。

 遺伝子レベルではなく、マクロな生物学としても、青と赤の間に、その合成色のスペクトラムがあって、青でしょう、といえる範囲と赤でしょうといえる範囲の間に明確な境界線はない。しかし、だからと言って青と赤は同じではない。

 理系頭の私はそう理解している。

 なもんで、姉さんの反論は、私には反論に聞こえなかった。

 ちょっとエネルギーが尽きたので、後日に続く・・・。
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by mayumi-senba | 2009-01-01 23:16 | 世間のこと