カテゴリ:自分のこと( 90 )

幽霊が怖くなくなったとき

a0011256_164917.jpg 宣言するのではないけれど、私は幽霊やお化けが怖くない。

 子どものころは私も人並みに怖かった。四谷怪談を見た夜は、トイレに一人でいけない、普通に怖がりな子だった。

 祖母が死んで、その翌年に祖父が死んだとき、突然怖いものがなくなった。
 それは幽霊やお化けがいないからではない。
 いてもいなくてもいい。

 もしいたとして、あのおじいちゃんやおばあちゃんが、私の顔を見たくて出てくることはあっても、脅かしに来るはずはない。おじいちゃんたちのそのまたおじいちゃんやおばあちゃんたちもまた然り。

 あかの他人の幽霊が私を脅かしにきたとしても、あのおじいちゃんやおばあちゃんが黙ってみているはずがない。
 「あんた、ええ加減にしいや。うちの孫を脅してどないすんねん?ええか、まあ聞きや。」
とその幽霊を諭しに来るであろう。

 幽霊ではなく、妖怪であって、もちろん人間の私にはかなわない相手であっても、孫かわいさの一念が強い霊力となっているに違いない二人が、
 「いらん。」
といっても私を護りに来てくれるであろう。力が足りなかったら、そのまたじいさんやばあさんが馳せ参じるであろう。

 そう思うようになってから、幽霊やお化けが怖くなくなった。

 存在しようとするまいと、私には問題ではないのである。
 怖くないから。

松坂屋美術館  葛飾北斎

幽霊画コレクション


この場合、どっちでもいいなら、「存在する」と考えたほうが私は楽しいのでそう思うことにしている。
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by mayumi-senba | 2004-06-19 16:10 | 自分のこと

高い高いビル

方向オンチなの
か...

それはアーモンドではない


 生まれて初めて新宿西口に行ったのは、生まれて初めて学会に参加するためだった。

 仲間が5.6人いた中に、しばらく東京で暮らしたことのあるものがいて、白い息を吐きながら高い高いビル群を見上げている私たちに、
 「恥ずかしいからヤメテクレー!!」
と言った。

 夜になって食事をするのに、今となってはどこだったかわからないが、彼は、高い高いビルの中にあるレストランに私たちを案内した。そして、
 「この夜景はすごいだろ。」
と言った。

私は阪神間で育ったため、六甲山から見下ろす、いわゆる「100万ドルの夜景」や、高い高いわけではないが、高ーいビルから夜景を見下ろすことにもなじみがあったので、彼が鼻息を荒げて吹かすほどの驚きはなかった。
 食事を終えてビルから出たあと、そこらのビル群をもう一度見上げてみた。

 息を呑む、とはああいう驚きのときに起こるんだ。

 高い!!
 人の技とはとても思えない。でも人間が造ったんだ。

 私はしばらく動けず、口もきけない状態だった。呆けているように見えたことだろう。しかし頭の中は脳みそを手でかき回されているようだった。

 しばらくしてから、思った。

人間は、あんまり頑張って頑張って努力すると、ついにアホになるんじゃないか・・・・・・・・・。
 私はさっきまで、アホの塔の中にいたんだ。

 その夜は何か恐ろしいものを見たような気がして、いつまでも寝付かれなかった。
 寝付かれないのも生まれて初めてだった。
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by mayumi-senba | 2004-05-17 19:47 | 自分のこと

根から葉まで(ねーからはーまで)聞くもんやない。

 なんにつけ、

 「え、なんで?」

と思うことが多い私は、ブログをはじめてから、タガが外れたように疑問が沸いてくるようになった。まるで子どものころに帰ったみたい。

 大人になって、結構自分を押さえ込んでいたんだなと思う。

 子どものころと変わらないのは、次々に疑問に思っては、次の疑問のためにそれがかき消され、たまに解決することがあっても、ほとんどは未解決のままその日が暮れていく、ということだ。

 「疑問はいつか解決されるべきもの」
ということを、いつの間にか刷り込まれていたに違いない。疑問に思ったら解決しなければならないのだったら、疑問に思うことは重いものを背負い込むということである。
 無意識に疑問が沸き起こるのを抑え込んでいたに違いない。
 
 ブログをはじめてから、未解決なまま忘れてしまいそうな疑問のうちのいくつかは残しておけるようになった。
 誰にということなく書いておいて、気が向いた人が一緒に考えてくれたり、疑問は疑問のままで共有してくれたりして、私の疑問たちの中にかすかに陽の目を見るものが出てきたということだ。

 安心して疑問をいだくようになった。
 変な話だが、
「解決しないに違いない疑問を心置きなく抱く。」
ということが、大きな解放感を私にもたらすことになるいうことがよく分かった。

 子どものころは、周りに大人がいると、つかまえてはしつこく、
 「なんで?なんで?なんで?」
と聞いていたので、
 「なんでも根から葉まで(ねーからはーまで)聞くもんやない。」
と、よく叱られた。
 ここのところが今と違う。なんでも根から葉まで(ねーからはーまで)聞くもんやない、と私も思う。

 解決しようがしまいが、疑問は疑問のまま、気持ちよく日々が過ぎていくので、しつこく聞かない。

 未解決の私の疑問たち、私は、あなたたちのおかげで幸せに暮らしています。

 合掌

 
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by mayumi-senba | 2004-05-16 18:46 | 自分のこと

ほんまか?

 小学校にあがる前、私は一時近所のお寺に夢中だった。

 いつも薄暗くて広いお堂の奥には、金色の仏像がぎっしり立ち並んでいる。その合間合間に今となっては思い出せない、わけの分からない雑多なもの(すみません、Kさん)が所狭しと並べられていて、小さな私にはワンダーランドだった。

 あまり私が遊びにいくのがうるさかったのか、住職はある日私を呼んで地獄絵図を広げて見せた。血の池地獄に、針の山、火の海。そこには悶え苦しむ人々があたり一面に書き込まれている。

 住職は私に言った。
 「あんたも悪いことをしたり嘘をついたら、極楽に行かれへんで。嘘をついたら地獄に行って閻魔さんに舌を抜かれるんや。それから、ホラ、この人らのように痛いめに合うで。それもずっとや。いつまでゆうことあらへんで。終わらへんねんで。」

 わたしは腰を抜かすほど驚いた。

  オネショを汗だと言い張ったことや、行ってはいけないと言われている所に何回も遊びに行ってることなど、「悪さ」の数々が頭に浮かんで、目眩がしそうだった。

 もう、遅い。
 なんでもうちょっと早よ教えてくれへんの?と住職を恨めしく思っているのに、住職は私の恐怖も驚きも知らず、暢気にこう言うのだった。

 「ほら、立ち木に見ると書いて、親と読むんやで。親は子どものことをいつも心配してこんな風にしてみてくれてるんや。ありがたいもんや。大事にするんやで。」

 今、そんな事を言ってる場合ではない。
 私の家族は、私はもとより祖父母に両親、妹に至るまで嘘をついてないものは一人だっていない。
 父は、私とそっくりな顔をしていながら、
 「お前は川で拾て来た子やから、悪いことしたら橋の下に捨てるで。」
と園児にも分かる嘘をつく。祖母は、
 「○○ちゃんには黙ってるんやで。」
とこっそり少ししかないお菓子をくれる。もちろん妹にも同じことをしている。祖父が嘘をついていないはずがない。母は、嘘のようなホントのようなことばかり言う。
 うちは家族そろって地獄行きではないか。舌も抜かれるではないか。

 私はその後数日にわたって夜な夜なうなされていた。地獄の鬼とチャンバラで戦っている夢まで見た。昼間も地獄のことばかり考えていた。

 そんな日が続いて精神的にくたくたになった私は、ある日、湯舟に浸かっているときはたと気がついた

 「あのボンサンは見たことあるんか?あのボンサンは生きてるけど一回死んできたんやろうか。一回死んだらもう絶対に生きかえらへん。そのかわり、今度は人間以外の何かに生まれ変わるんやて言うてたな。エエ子にしてんと、今度生まれてきたときはアリにになるかも知れへんて。・・・・・おかしいな。あのボンサン嘘ついてるんと違うか。そしたら自分も地獄に落ちるやんか。」

 園児はこの論理矛盾に自力で到達した。
 恐るべし。園児でも苦しみに苦しみぬくと、一転して自分で違う風景を見出すのだ。

 それ以来私は、大人から何を言われても、
 「ほんまか?」
と思う子になってしまった。






                       ・・・・・・・・・・・・・・・ほんまか?
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by mayumi-senba | 2004-05-07 22:30 | 自分のこと

葉となりて桜に長き夢のあと

葉桜

 いつの日だったか、周りに人がいなくなったころの葉桜を、
 「美しい・・・。」
と思ったことがあった。そのときは突然やってきて、その日から私にとって、さくらは葉桜になった。

 前日まで「葉桜」は存在すらしていなかったのに。

 花は夢。

 夢からさめかけるころ、そこにはやさしい色の木の葉。
 木の葉の優しさは、幹から枝への姿の玄妙さと、木肌の美しさを教えてくれているよう。

 「実はね、ここにもこんな美しさがある。もう教えてあげてもいいよ。」

 そういわれたような気がして、自分で自分を大人の側に少し寄せてみた。
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by mayumi-senba | 2004-05-04 08:07 | 自分のこと

欲しいです・・・。

a0011256_12154.jpg  お掃除終わって、ぶらりブログ旅していたら、見つけました。ほしいです。

 今私の携帯には、鼻水たらしたコレがぶら下がってます。薬屋さんにもらいました。

 島唄、十八番です。

 まぼろしの“むるてぃ”

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by mayumi-senba | 2004-05-03 11:44 | 自分のこと

関西人の強迫行為

 うちに来て2ヶ月になるシーズーの仔犬。 
 やってきたのは2ヶ月前で、まだ生後2ヶ月を過ぎたばかりのころ。何をしても赤ちゃんの拙さがあり、走ってもよろよろ、しかもうまく止まれない。
 かわいい、かわいい。

 そのころのことである。
 山陽道のサービスエリアで散歩させているときに、関西弁でじゃれながら近づいてくる若いカップル。

 女の子がうちの犬を見て彼氏に言った。

 「イャー!!見てみてー!!カワイー!!電池入ってるみたーい!!。」

 私はここに関西人独特の「比喩癖」を感じた。

 何か物事を喩えるときに、生半可な比喩では満足しない。より正確に、というより、より核心を突き、さらに、ひねりをいれ、時にその大げささも芸のうち。

 その進化のしかたに、ある種の強迫性を感じるのである。

 私は今、関西圏外で暮らしており、抑え気味にしているが、「より芸のある比喩」にしたいという欲求を抑えがたいときがある。
 
 「うちの犬は、電池は残ってるけど、ネジが一本緩んでるみたーい!!」

 

 

 
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by mayumi-senba | 2004-05-02 16:16 | 自分のこと

「お嫁に行けん」ことは、幸運なことなのか不運なことなのか

おでこの怪我・・・幸福のしるし

心境の変化で、副題をつけようと思った。
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by mayumi-senba | 2004-04-28 16:55 | 自分のこと

おでこの怪我・・・幸福のしるし

  2歳になっていないだろうと思う。古いアルバムを見ると、私のおでこに十円玉くらいの擦り傷があって、モノクロ写真の中で、白いおでこの中に黒く目立っている。

 私が転んで、おでこに怪我をし、(鼻でなくておでこであるのがちょっと切ない)泣いていると、祖母がやってきて大騒ぎをする。
「まあ!!、女の子の顔に傷がついて!!お嫁に行けんようになったらどうするの!!」

 何のことやらよく分からないまま、お嫁に行けんという重大な災いが私の身に降りかかったことに、私は恐れ慄いた。
 そばで母がオロオロしている。
 祖母はまだ、
 「女の子の顔に・・・・。」
と言い続けている。

 よほど大変な、取り返しのつかないことが起こったに違いない。私の人生はもう終わってしまったのかもしれない。

 そこへフラっと父が通りかかり、
 「どないしたんや。デコ擦りむいたんか。どこにおってもうちの子やいうしるしになって、すぐわかってええがな。よかった、よかった。」
と言って、向こうへ行ってしまった。

 私は、さっき戦慄した出来事を父が喜んでいるように思え、たちまち幸せな気分になった。幸運なことが私に起こったような気がした。

 私しか覚えていないエピソードであり、なぜか写真も残っているので、あとで作られた記憶でも、夢の中の出来事でもない。私の最も古い記憶である。

 そして未だに、「お嫁に行けん」ことは、幸運なことなのか不運なことなのか不明なのである。
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by mayumi-senba | 2004-04-28 12:56 | 自分のこと

実名を出していること、ちょっと後悔。

 このブログをはじめるとき、実名を出すかどうかとても迷った。

 でも、学生たちが望んでくれてつくったブログにハンドルネームを使う気にはなれなかったので、思い切って私だとわかるブログにした。

 いま少し、後悔している。

 とても紹介したい話があるんだけれど、その人のプライバシーを守れない。

 くやしい。
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by mayumi-senba | 2004-04-22 20:59 | 自分のこと