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あのころを思い出してみた。

制御不能な「怒り」

 二人の少女の間に起こったことはわからない。けれど・・・。

 私は、自分自身と対話ができるようになった日のことを、周囲の風景まで含めて明確に覚えています。

 ちょうど彼女たちのころだったと思います。

 「どうする?」
 「うーん、えーと・・。」
 「どうする?」
 「自分が嫌なことは人にはしないことにしよう。」

 その対話とは裏腹に、訳の分からない嵐が心の中に沸き起こることも、そして、それを自分が制御することに、とても困難を感じたことも覚えています。
 しかし、制御できなくても、時間は過ぎていった。

 「自分が嫌なことは人にはしないことにしよう。」

 そう決意したけれど、それすらできてなかったにもかかわらず、できているような気がしていた。
 
 ましてや、「自分が嫌でなくても、他人にとっては嫌なことがあるかもしれない」ということは、幼い私には思いが及ばなかったのです。
 言葉で知っていることと、身にしみて分かることの間の乖離を、知りませんでした。

 しかし、他人からされたことには、嵐が起こっていた。

 性ホルモンが増え始め、体内の環境も脳内の環境も激変していたあのころのことを、大人は思い出してみませんか。

 

 
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by mayumi-senba | 2004-06-04 08:30 | 世間のこと

子育てから遠い人の立派な子育て

 子どもが何か問題を起こしたときに、家庭の教育、ということが強く言われる。

 子どもが「悪い子」だったらどうしようという強いプレッシャーを、若い母親は感じている。

 子どもが「悪い子」である兆候など、普通に「子ども」を生きていたら、いくらでもある。

 だからこそ、少しずつ、ゆっくり、時間をかけて、大人に仕立てていくのであるが、若い親にとっては、自分の子が人並みに良い子であるかどうか、ということが、とても大きなことに見える。
 
 できれば自慢できるような子であってほしい。

 こんなときに、子育てから程遠いところにいる人たちから、「家庭が」「親が」と、声高に言われると、もともとプレッシャーを感じている人たちだけがさらに強いプレッシャーを感じることになる。

 「だれからも文句を言われない子育てをしなければ・・・・。」

 こういう親の元で育つ子は、幸せだろうか。自分自身を愛することができる子になるだろうか。自分自身を愛せない人に、人を愛することはできない。

 かたや、もう少し子どもに関心を持ったほうがいいのではないか、と思われる母親には、「家庭が」「親が」という声は、まったく届かない。

 子育てから遠いところにいる人たちの、「家庭が」「親が」という声は、意味がないどころか、害が多いといってもよい。

 そして、こういう人たちは、自分は両親から立派な子育てをしてもらったと思っているように見えるところが、滑稽ですらある。
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by mayumi-senba | 2004-06-03 08:55 | 世間のこと

心因反応のまわりにやさしい人

 昨日のお昼休みのときに出た話。

 「うつの人や、心因性の反応を起こす人のまわりに、とてもやさしい人がひとりいる。」

 それは配偶者や親子関係には限らない。男女も関係ない。

 そういう人だから、周りに一人は極度にやさしくなってしまう人ができるのか、素因を持った人のそばに極端にやさしい人がいると、うつや心因反応を惹起するのか。

 その「やさしいひと」のやさしさは、いわゆるグレートマザーのやさしさといったらいいのだろうか。
 相手を一人の人間として尊重していない。その仕方を知らない。

 母親が置かれた立場上そうなりやすいが、男女は関係ない。
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by mayumi-senba | 2004-06-02 08:32 | 世間のこと

突然変異しながら伝染する鼻歌

感染する鼻歌

 ある日息子が、車の助手席で言った。
 「よくそんな器用なことができるね。」

 ラジオから歌が流れてくると、私が鼻歌を始めるらしい。その曲が、必ず流れているものとは違う。

 私は無意識なので、いわれるまで気がつかなかった。そういえばそんな気もする。
 好きな曲なら、素直に感染するんだろうな。そうでもないと、スイッチを消せばいいのに、違う曲を歌いだす。

 ukmyさん、大好きなブログが終了するのが寂しいです。楽しませていただいてありがとうございました。
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by mayumi-senba | 2004-06-01 02:11 | リンクなど

年間五十を目標に

親も先生も、まじめにこんなことを話し合ったんだろうか。
 この校長は、本当に小学生を教えたことがあるんだろうか。

 数十人のいろいろな子どもがいるクラスで、年間50冊以上の本を読む子どもの数が増えるように努力目標を設定した先生は、大切な物を見失わないで済むだろうか。
 
 私は親の立場だから、親には甘い。親は初めての子育てで、自分の子育ての結果をまだ見ていない。手探りで育てている。

 しかし、校長は、もし、個々の先生がこんなことを言い出したり、親がそんなことを要求したら、数十人単位の子どもを教える先生にどんなことが起こるか、予測できないだろうか。

以下 抜粋

 ■2004-05-28■
■No.642  Mainichi Daily Mail Education
               毎日教育メール
EduMail)))………………………………………………………………………………………
 【小学校】教師と親で「学級経営目標」 静岡
………………………………………………………………………………………((((((News

 静岡県浜松市立入野小(畑すみ子校長)はこのほど、教師と保護者が話し合う学級
懇談会を開き、今年から新しく取り組む学級ごとの「経営目標」について説明した。
多くの学級で「年間50冊以上の本を読ませる」や「1日5人以上とあいさつできる
子にする」など具体的な数値を用いており、客観的に評価しやすいのが特徴。

 アイデアを出した畑校長は「目標が明確になることで、努力項目が分かりやすく、
指導しやすくなる。教師が自分の教育方法を見つめ直すことにもなるので積極的に数
値目標を取り入れることにした」と語る。目標の達成状況についての保護者の評価は
アンケートを通じて調べ、同校のホームページで公開するという。


 
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by mayumi-senba | 2004-06-01 01:15 | 世間のこと