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「こんにちわ撲滅委員会」撲滅委員会

メディアリテラシー

「こんにちわ撲滅委員会」撲滅委員会 という面白いブログがあって、これはhomeandhomeさんのこれまた面白いブログ、化け物の進化にリンクされているので、以前から時々寄らせてもらっていた。

 こんにちわ撲滅委員会というのがあるんですね。

 で、今度は撲滅委員会でググってみると

こうなる。 世の中には撲滅するのが好きな人たちがいるもんだ、と感心する。

 いままで、何かを撲滅して、結果、世の中がほんとうによくなったということは、実はあんまり無いんじゃないか。アメリカの禁酒法がいい例だけど、「撲滅」はいつも世の中を良くするために目指される。結果ひずみが出る。

 撲滅を目指すと、世の中をよくするのが目的ではなくて、撲滅するのが目的になる。それは、ストレスを解消するために買い物依存になったり、過食症になったりするように、自分中の何かを忘れさせてくれる麻薬のような効果を持つ。

 厄介なのは、麻薬や過食のように後ろめたさを持たずに済むことだ。「世の中のためになる」ことだから。後ろめたさを持たずにすむ麻薬なんて、本物の麻薬以上に危険なものである。

 けれども、「こんにちわ撲滅委員会」撲滅委員会のように面白いブログが読めるのは「こんにちわ撲滅委員会」があるためだ。

 まあ、きっと多くの撲滅委員会はシャレなんでしょうけど、それでも危険をはらむ、と私は思っている。
 撲滅委員会は撲滅したほうがいいなんて思わないけれど、危険をはらむという自覚はいると思う。
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by mayumi-senba | 2004-09-26 00:02 | リンクなど

「山代巴」からの抜粋

・・・・・ベストセラー『荷車の歌』(筑摩書房、1956年)で一躍人気作家となったが、おおむねプロレタリア文学の流れをくむ「戦後民主主義派」や、「農民文学系」の枠の中で語られる。だが、既成(男流)文学の系譜からはみだしてしまうところに、山代の本領はあるとわたしはおもっている。山代は聞く力と語りの力、脚力と握力を武器に、農民発「女のルネッサンス」を目指した表現者・実践者であり、広島における農村女性解放の源流を生み出し、戦後女性史のひとつの水脈を切り拓いた。それはまた、自己解放、反戦平和の闘いと不可分のものであり、性と階級が交差する地点に立った格闘だった。
とはいえ、山代文学には、宣伝扇動、啓蒙はもちろん、「かくあるべし」という押し付けがましさも説教も何もない。・・・・・・・

 先日紹介した友人の著作、「山代巴」からの抜粋です。

 何時まででもともに飲みかつ語らいたいと思う友人です。
 それに、書くものがシャープで面白いと常々思っておりましたが、今回、もう既に二度読んでしまい、下手な紹介より抜粋だと思ったしだいです。

山代巴―中国山地に女の沈黙を破って
 
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by mayumi-senba | 2004-09-25 00:29 | その他

タイトル訂正しました。

6割の側の人間の言い分 を 4割の側の人間の言い分
6割の側の人間の言い分 の続き を 4割の側の人間の言い分 の続き
に訂正しました。
 
 
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by mayumi-senba | 2004-09-24 14:32 | 恥ずかしいこと

4割の側の人間の言い分 の続き

何が問題?

 私が考える基礎学力を言わせてもらえば、読み書きそろばん。
 それ以外のことは、大人たちは、自分が知っていた程度のことが基礎学力だと、お互い共有できない幻想を持っているのだと思う。
 
誤解を恐れずに書くならば、私は、小学校は“考える事を学ぶ”場ではなく、“考える力の前提となる知識を付ける”場だと思っている。
そういった意味では、小学生の内に“地動説”を教えるのは“有り”だと思う。
それは、“地球を初めとして色々な星が太陽の周りを回っている”と言うのは“理屈”ではなく“知識”だと思っているから。

 「空のつぶやき」さんのこの感じが私にはフィットする。歴史上の出来事であるコペルニクス的転回を個々の子ども達がその成長の中で経験するのは、いいなと思う。そしてそれは、確かに哲学として扱うのが、いい感じがする。少なくともそれを教える先生の内心では。

 それが、ある子は天文学。ある子は、言葉の力。ある子は数学。

 実際は大人の目に見えない形で経験しているのだろうと思う。
 ただそれが天文学ではない。
 見る人が見たらわかるようだ。

 私、思うに、子どものそういう瞬間をすくいあげたり演出したりすることのできる人は、多分教育委員会や文部省で仕事してるわけではない。現場の先生達の中に確かにいる。
 ややこしいのは、現場の先生がすべてそういう才能を持っているわけではないので、ひとくくりに「教員」として非難するわけにも、賞賛するわけにもいかない。

 しかしながら、制度をいじくりまわすのは、そんな才能の薄い人たちであるということだけは、あたらずといえども遠からず、なんだと思う。
 そこだけは、制度をいじくりまわす当人も、自覚しながら仕事をしていただきたい。 

 でも、この私の教育観も、あまたあるそれのひとつに過ぎない。

 学力とは何か@瀬戸智子の枕の草子 さん

理科の教育の問題@小言日記さん
にもTBさせていただきました。

 
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by mayumi-senba | 2004-09-24 13:40 | 世間のこと

4割の側の人間の言い分

何が問題?

 私は算数が好きな子で、分数がわからないという子が不思議だった。方程式の時もそう、微分、積分もわくわくしながら授業を聞いた。多分、先生のよしあしではなく、先生の教え方がへたくそでも、教科書と参考書があれば勉強しただろうと思う。

 一方地理は、確かに試験のために何度か都道府県と県庁所在地を暗記したと思うけれども、いまだに自分が行ったことのあるところしかわからない。この方面の忘却力はすごいのだ。

 社会科の関係者が調査をして、東北地方の県名と県庁所在地をのべよといわれたら、「そんなこともわからない、ちょっと理解しがたいぐらい学力の無い、日本の教育の問題を浮き彫りにしてしまう大人」にカテゴライズされることになる。

 そんなこといわれたら私だって言うぞ。
 心臓と肺と動脈と静脈の関係を、文科系の研究者は全部いえるんだろうな。
 そうじゃない証拠を私は握っているぞ。
 普通の大人だと、知らない人はいっぱいいることを知っているぞ。
 それぐらいは、息してる人間として最低限の知識だと、私は思うぞ。 
 それに確か義務教育の間に習ったはずだし。
 
 実は大人同士でも、
 「え、そんなことも知らないの?」
ということはままある。常識は、極論してしまえば、その人にとっての常識、ということになる。

 で、天動説を知らない4割の子ども達の事だけれど、何時の時代の子に比べて知らない子の割合が多いんでしょう。

 まさか、天文学に興味を持つあまりその筋の関係者になってしまった自分の感覚で言えば許しがたい数字というわけではないでしょうね。もしそうなら、何気に、得意げにそんな数字を発表してしまう子どもじみた感性を笑ってしまう。

 もしそうでないのなら、すべての大人が、これが基礎学力だと思える内容を、大人達が満足できる程度に子ども達が持っていたのは何時の時代の教育なのか教えていただきたい。

 
 
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by mayumi-senba | 2004-09-24 06:42 | 世間のこと

山代巴

 先日、評論家の樋口恵子さんのお話を聞く機会があった。友人の出版記念会でスピーチされた。

 「嫁」というのは絶滅種だから、絶滅する前に記録を残しておかなければならないと考えていたが、実は絶滅種ではなかった。今も頑としてある。

 山代巴という作家がいる。

 その人は、広島県に生まれ、思想犯として戦争中に女囚刑務所に入れられ、地獄のようなその囚人生活の中を、周りの人の心を溶かし、、そして遂に看守の心まで溶かして、温かく明るく生き延びて、辛くも終戦を迎えた。

 その刑務所の中での聞き取りや記録も残している。
 放火犯が何故放火をしなければならなかったのか。
 そしてその人がどのように暖かい人であったのか。

 出所後は、農村の嫁達の生活を描いている。

 実は私は、その山代巴という人の作品を読んだことはない。
 多くの農村の女性達がその作品に感動し、当時自分のお金を持たない人たちが、何とか少しずつのお金を持ち寄り、遂に映画化もされたのだそうだ。
 私はそのことを、友人の書いた本によってはじめて知った。

 友人の書いたもので、山代巴の生き方を通して、当時の状況が、細部まで明るく照らされ見える仕組みになっている。

 読み終えて初めて、友人がなぜ書きたいという衝動を持ったかということを理解した。
 私たちが生きていくうえでのヒントに満ちている。
 当時彼女に加えられた批判とその批判の正当性も、山代巴という人の味わいをさらに増す働きをしてしまうという、その、強さを充分に描いている。

 もちろん友人自身の批判も書き込まれているが、やはりそこから引き出せるのは、生きていくための知恵だ。

 山代巴という人は、自分に対する批判も自分という作品を膨らませる、そして人に多くのことを考えさせる、そして友人はそのことをきちんと描いている。

 戦中から戦後を生きた女性として、書き残さなければならなかったひとりだったのだ。

山代巴―中国山地に女の沈黙を破って
 
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by mayumi-senba | 2004-09-23 00:14 | その他

ある妻の責任・・・・責任考 2 

 夫よりもよく働き、そして収入も多い女性が言った。
 
 私の収入を夫は知りません。夫が理解があるおかげで働くことができます。だから、家事の手を抜くことはできない。夫のお弁当も晩御飯も作ります。休みの日は洗濯と掃除でつぶれます。


 この言葉を聴いたときの私の驚きを想像していただけるだろうか。
 しばらく言葉が出なかった。

 彼女は、家事全般を手抜かりなく行うことが自分の責任だと考えている。
 働くことは、夫に理解があるおかげだと。
 働き続けるためには、手抜きはできないのだと。

 彼女の収入のおかげで、家を建て、家族で外食もする事が出来る。
 夫もその恩恵を受けている。

 その夫婦の間のことであり、私がとやかく言う筋合いはない。
 ただ、驚くばかりだ。

 何故彼女は、家事全般をきちんとこなすことが自分の責任であると思い込んでいるのだろう。働くことに、夫の許可が必要であるということが、彼女にとって何故自明のことなのだろう。

 夫はなぜ、自分には彼女が働くかどうかを決定する権限がある、と考えるのだろう。

 しつこいようだが、その夫婦の間のことであり、私がとやかく言う筋合いはない。
 ただ、驚くばかりだ。

 

 
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by mayumi-senba | 2004-09-21 23:13 | 疑問のまま

責任考 1

 気をつけなきゃいけない、と思う言葉のひとつに、「責任」をあげておきたい。

 「無責任」を勧めたいわけではない。けれども・・・。

 他人から、
 「これをするのがあなたの責任だ。」
と言われたとき、よーく吟味したほうがいい。人を都合よく動かしたい時、あいまいに「責任」という言葉を持ってくると、なんとなくそんな気がしてしまう。

 私は昔、ある企業のある業務に関する就業の可否を決定する基準を作る作業をした。

 私が提案したいくつか基準の中で、ただひとつ、年齢制限が経営陣からすると困る基準であったらしい。
 取締りやら担当課長やらが入れ替わり立ち代り私のところにやってきて、
 「その基準では企業として経営が成り立たないので、何とか緩めてくれ。」
ということをいう。

 私がつくった案を訂正してくれというのだ。
 「そのとおりやって経営困難に陥ったらどうするのか。何百人の社員と家族の生活がかかっている。それを壊すのか。」
 あたかも私の決定したことで会社が倒産すると、それは私の責任である、とでもいいたいようだった。

 しかし、わたしの仕事と責任の範囲は、安全を確保するためにはこの程度が良いのではないかという提案をするまでである。それを採用するかどうかは、企業が決めるべきことだ。
 私はそういう提案をしたけれども、経営が成り立たないのであれば、企業の経営判断でその年齢制限を変更すればよいのだ。それで何も起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。

 わたしはそのように答えた。
 「あなた方の事情を最大限に入れて私の案として提出するわけには行かない。企業の責任で、私が提案した案を無視してください。無視してくださっても、私はそれ以上の権限がないわけだから。」

 私は、心ならずも経営陣に妥協して、私の責任において企業側の望む基準案を提案する、というようなことはことはしなかった。
 私が提案した案は、第三者の手で、記録に残しておくことにした。

 私のいままでの仕事の中で、責任、権限ということを強く意識し始めた出来事だった。

 実際は私が提案した基準が採用されたらしい。
 労使双方から恨まれるのではないかと覚悟していたが、10年くらいたって、少なくとも従業員からは感謝されていたことを知った。わざわざ、そのことを知らせてくれる人がいた。

 このとき、私に浴びせられた「責任」という言葉を疑わなければ、経営者の責任であるという風に返すことができなければ、本来私の責任でないところの責任を負うことになっていたのだと思う。

 

 
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by mayumi-senba | 2004-09-21 00:30 | 世間のこと

父の戦略

女性の好み

母がうれしそうに私と妹に向かって語ったことがある。

 「お父さんにね、どうして私と結婚しようと思ったん?」
って聞いたら、
 「寂しそうにしてたから。」
って言うんよ。そう見えるんかなあ。

 母は、私たちと違って目が大きく、細身で、心底笑う、という姿が思い浮かばない。確かに寂しげに見えるかもしれない。言いたいことを飲み込んでしまうことを美徳としていて、耐えているところが実際に可哀想げなムードをかもし出す。

 母と恋愛結婚をした父が、そんな母に惹かれたことは事実には違いない。

 しかし分らないことがある。

 親子でテレビを見ていたりしていると、父が誰に言うともなく、
 「好きやなー。」
というのは、低い声で、というのは、女らしい媚を見せずに、自分のいいたいことしっかり言うタイプの女性。
 そう言われながら育った私たちは、それを私たちへのメッセージと感じ、しっかりいいたいことを言う子になったんじゃないかと思う。

 そんな風に育った私たちを、母は口やかましくいいながらも、嫌いではなかったようだった。自分ができないことをしている娘達を、少し羨望を含んだ愛情の目で見ていた。

 しかし、私たちが年頃になり、自分とはまったく違った生き方を選ぼうとする時、母は猛烈に反発した。私は、抑えつけられた、と感じるより、反発されている、と感じていた。

 片や、父は、こんな風に育ってしまった娘達を特に嘆くこともなく、私たちの目からは楽しげに生きていた。

 不思議なのは父である。
 自分は寂しげな母に惹かれたにもかかわらず、無意識か意識的かはわからないが、娘たちはいいたいことをきちんと言う子に育てようとしていた。

 自分は文句を言わない母にかしずかれながら、娘たちはそんな女にはしない。
というのが父の戦略だったのかもしれない。

 今、父は、
 「お母さんに愛されすぎて、有難いけどちょっと疲れるねん。」
と、いいながら、父の世話をしたくてしたくてたまらない母の、痒いところから1センチずれたところを掻かれるような世話を受けている。
 それを受けるのが愛情だという諦念の中で、穏やか生きている。
 
 二人は、ほどよく幸せな老夫婦に、私には見える。
 けれども、私は、自分の老後の幸せはそんな形をしていないと思う。



 
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by mayumi-senba | 2004-09-19 20:54 | 疑問のまま

たけとう病院

9月16日

viocejp さんご紹介の、たけとう病院

 私、好きかも~。
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by mayumi-senba | 2004-09-18 10:44 | 病気