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死刑について「場合によってはやむを得ない」と答えた人

死刑を容認、過去最高の81%…内閣府調査

 死刑制度を容認する人が過去最高の81・4%に達したことが、内閣府が19日発表した「基本的法制度に関する世論調査」の結果で明らかになった。

 犯罪被害者の権利が「尊重されていない」と感じている人は70・6%で、1999年の前回調査より7・5ポイント増えた。凶悪犯罪の頻発などが影響したと見られる。

 調査は昨年12月、20歳以上の男女3000人を対象に実施された。回答率は68・3%だった。

 死刑について「場合によってはやむを得ない」と答えた人は、前回調査の79・3%から2・1ポイント増え、初めて8割を超えた。

 容認の理由(複数回答)は、「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」が54・7%で最多。「廃止すれば凶悪犯罪が増える」が53・3%、「廃止すれば被害者や家族の気持ちがおさまらない」が50・7%で続いた。

 「どんな場合でも死刑は廃止すべきだ」との回答は前回調査比2・8ポイント減の6・0%。廃止を求める理由(同)は、「罪の償いをさせた方がよい」が最多の50・4%で、以下は、「裁判に誤りがあったときに取り返しがつかない」が39・0%、「国家であっても人を殺すことは許されない」が35・0%の順だった。

 関心を持った刑事事件(同)は、「殺人、強盗などの凶悪犯罪」が85・5%で最も多かった。2番目の「窃盗、詐欺などの財産に関する犯罪」は同18・8ポイント増の52・0%で、相次ぐ「振り込め詐欺」事件などの影響をうかがわせた。

 犯罪被害者の権利が「尊重されている」と感じる人は同5・5ポイント減の15・9%にとどまり、被害者の権利保護が不十分との見方の広がりが浮き彫りとなった。
(読売新聞) - 2月19日21時14分更新


 死刑を容認することは、冤罪であったら、取り返しがつかない犯罪に加担したことになる。
 死刑があることで犯罪を思いとどまるような犯罪者は、終身刑でも充分抑止になると思う。
 そんな気がします。
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by mayumi-senba | 2005-02-23 00:00 | 世間のこと

代わりに謝罪することについて。その2

代わりに謝罪することについて。

 私がこのことを思ったのは、神戸の14歳の少年Aが、無実であるかもしれない、という記事をWEB上で目にしたときだった。

 申し訳ないが、私にとっては、彼の事件が冤罪であるかそうでないかはたいした問題ではなく、彼の親が、すでに文書の形とはいえ謝罪の意を表明している、ということのほうが引っかかったのだった。

 親には未成年の子どもの監督責任があるであろう。
 しかし、監督責任者なら、何をしてもよいということではなかろう。
 
 子どもが罪を認めている場合でも、今までの冤罪がそうであるように、冤罪であっても人は罪を認めてしまうものだと思ったほうがいい。現行犯でない限り、逮捕されても、裁判で有罪が確定するまでは容疑者である。有罪が確定しても、冤罪の可能性はある。
 
 その段階で、本人の意思とは関係なく謝罪してしまう、というのはどう考えたらいいだろう。もしかしたら、それが本人を奈落のそこに落とし込むことになるかもしれない、などと言いたいのではない。

 親とはいえ、本人の意思とは別のところで謝罪してしまってもいいものかどうか、というその一点が疑問だった。

 親が謝るのには、もちろんマスコミを含めた世間の圧力があるだろうし、世間がそう思うのが、それがわれわれの文化であれば、その同じ文化を共有している親が、謝罪してしまうのは無理もない。さらに、子が人を殺めたかも知れない、という状況で、平静でいられようはずがない。

 とは思う。さらに、確かに「殺された子どもとわが子が殺された親」がいる。被害者は確かにいる。私が被害者の親なら、犯人と思われる子の親が黙っているのはたまらない。謝罪されてもたまらないのに。
 
  そうは思いながらも、 「親が子の代わりに裁判で決められた賠償金を支払う」ということと、「謝罪する」ということの間には、距離がある、と私は感じている。

 
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by mayumi-senba | 2005-02-21 07:19 | 疑問のまま

強制水泳を繰り返させると・・・・・・

引用です。しかし、主要な部分ではありません。

強制水泳を繰り返させると、やがてラットは水泳が無意味であると悟って泳がずに浮んだまま動かなくなります。しかし抗うつ薬を与えると動かずにじっとしている時間が少なくなることから、ラットの強制水泳における無動時間は薬物の抗うつ作用の指標として用いられています。

‥> Reference
Antidepressant-like effects of uridine and omega-3 fatty acids are potentiated by combined treatment in rats. Biol Psychiatry. 2005 Feb 15;57(4):343-50.

 これ読むと、
 「別にうつ病でもいいんじゃない?」
という気がしてしまいます。
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by mayumi-senba | 2005-02-18 07:14 | その他

代わりに謝罪することについて。

 ずっとずっと引っかかっていることがあります。
 自分自身に答えがあるわけではないのです。

 それは、誰かが誰かの代わりに謝罪するということです。

 もし私のおじいちゃんが誰かに大変迷惑をかけたということがあるとしたら、例えば誰かのおじいちゃんを昔殺めたことがある、と仮定します。

 そのことを私が知ったら、そして、目の前にそのお孫さんがいて、相手もそのことを知っていたら、私はどうすればいいだろう。

 A:「祖父が大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません。お詫びの申しようもありません。」
と答えたらよいのだろうか。

 B:「祖父が昔あなたのお祖様を殺してしまったことを、わたしは大変残念なことだと、また悲しいことだと思っています。私は私の祖父に対し、怒りを感じています。怒りを感じながら、しかし、私を愛してくれた祖父を、嫌いになることはできません。」
というところが、その時の私の真情に近いかもしれないな、と思う。

 もちろん、そんなことが実際にあったら、私はAと答えるに違いない。実はBなんだ、と心中に秘めながら。

 しかし、引っかかっているのそこではない。
 「人は誰かの代わりに、謝ってもいいのかな。」
という疑問がある。私には、当時の祖父に対する管理監督責任などあるはずがない。私は祖父の行為に責任はない。祖父が、もし私のためにその殺人を犯したのだとしても、私には責任がない。

 責任がない、ということにとどまらず、謝罪する権利はあるのかな、と思うのだ。
 「代わりに謝ってもいいか。」
と、問うべき祖父はもうこの世にいない。


・・・・・・・なんだか、また取り留めのない疑問です。世の中理屈で動いているわけではないので、Aと答えてしまうに違いない。少なくとも日本ではそのほうが生きているもの同士にとっては障りがないからです。

 それに、こんなことのたとえ話に引っ張り出された祖父も、いい面の皮です。。代わりに謝罪されてしまう、などというより、よほど迷惑な話かもしれない。

 


 
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by mayumi-senba | 2005-02-17 22:49 | 疑問のまま

お祭り気分の雪景色

 すごい雪でした。帰宅に3時間以上かかりました。

 明日の出勤を考えると、どうしたもんかと考え込みますが・・・。
 雪が降ったからといって仕事が減るわけでもなし。

 ところが、実はちょっとうれしいです。

 大阪湾や瀬戸内海の沿岸でしか暮らしたことのない私にとって、20センチ近く積もった雪と、その雪が作る景色のなかに身を置くことは、、何か日常を覆い隠して、別ものを感じさせてくれます。

 日常の縛りからほんのひと時開放されて、例えば普段の4倍時間がかかって出勤しても、結局、少し遅刻したりしながら、いつもの職場にもいつもと違う時間の流れがあって。

 時間のねじれがある、不思議な世界のような気がします。

 でも、実のところは、小学校の頃、先生が授業を中止して雪合戦させてくれた、そんな記憶が、私のお祭り気分を形成してるのかもしれません。
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by mayumi-senba | 2005-02-01 22:47 | その他