「ほっ」と。キャンペーン

<   2005年 03月 ( 15 )   > この月の画像一覧

喧嘩はギャラリーと

 息子は、小さなころ喧嘩好きで、恋に恋するように、けんかのためのけんかをするようなところがあった。

 私は、こんなことを子どもに言ってもわかるはずがないと思いながら、
 
 本気で喧嘩をするときには、相手を降参させる、とか、相手を説得するとか、ということを目標にしてはいけない。
 相手に自分の理屈をわからせようとしなくてもよい。
 ギャラリーにあなたの言い分が正しいと思わせる、ということを目標にして喧嘩しなさい。

といい続けてきた。

 今は、以前のように喧嘩しないし、結構友達を大事にしているようだが、あの言葉はどの程度息子の心に届いているのか、色の濃度のようなものでわかるなら、と思うことがある。

 でも、そんなことがわかった途端に、息子は人間ではなくなってしまうだろう。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-31 23:37 | 息子

忘れていたけど、この季節・・・。

十日にあった都立A高校の卒業式、出席者らに強い印象を残した一場面だ。歌わない教員が処分対象になることを知っての「いじめ」発言だった。生徒自身らは、「国歌斉唱」ではほとんどが起立したものの胸の内はどうか。ある卒業生は在校生に向けた言葉の中で「僕は天皇を人格者として尊敬し、君が代も歌った。だけど、この強制はおかしい」と率直に訴えた。
                       東京新聞

 私自身の天皇や国旗国歌に対する感覚はこの生徒に非常に近い。

 私自身は国旗が日の丸で国歌が君が代でもかまわない。別のものでもかまわない。
  
 国旗国歌が変わったからといって、私を育てはぐくんでくれた私の母国は別に変わらないからだ。私が愛しているのは、国旗でも国歌でもなく、また国家でもなく、母国だ。いろいろ問題はあるが、問題などないところなどあるはずがないのであって、もしないというのなら、ソレは誰かにとってないだけで、別の誰かには大いなる問題があるはずだ。要するに、いろいろあっても、総体としての母国を愛している。
 でも、嫌いな人に、好きになれとは言う気にはならない。嫌いながらもそこにいる、という人が存在を許されないようなところになったらいやだなあ、と思う。

 天皇一家には、いとこほど近くなくても、ソレに近いぐらいの親近感を持ち、天皇個人には、人格者として尊敬を持っている。

 天皇の発言である、
 やはり、強制になるということではないことが望ましい
という感じが私には実にフィットする。
 タダシ、そんなこと天皇が発言していいのかとも思う。彼は、政治的な存在であってはならないはずだし、政治的になったとたんに、存在意義が失われる。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-31 20:37 | 世間のこと

救われてはならない領域

春の訪れ

人は救われてはならない領域をもつ。
その領域にひとりで身をおくことを矜持というのだ。


かみしめたい言葉です。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-28 23:37 | その他

怪我したら痛い!!

 息子から、おなかが痛いという電話がかかってきた。薬を持たせていたので、
 「アレとコレを飲みなさい。」
といって電話を切った。

 私は息子に少々熱が出ようが痛がろうがあまり心配しない。感覚的に言えば、少々のことは、まじないやそこらに転がっている薬で治ってきたので、息子は、母親から心配されたという実感が薄いのではないだろうか。

 この感じは、私が医者だからではなく、祖母に育てられたような私は、怪我をしたらオキシフルかメンソレ、歯が痛かったら正露丸をつめて次の日に歯医者のセンセ、熱が出たら女のセンセ。
 「これで治るねん。」
と露も疑わずにてきぱきと処理される感じ。

 「痛い?」
とたずねられた記憶がない。
 転んで怪我をして、
 「痛い。」
というと、
 「怪我したら痛い。当たり前や。」
といわれるばかり。治ると、
 「治ったやろ。」

 いつもながら感心するが、育てられたように育てているものだ。

 この感じ、私は嫌いじゃない。

 息子はどうだか知らない。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-28 17:26 | 病気

きれいな若者

 笑われるのを覚悟で書きますが、息子は美しい男です。

 上背があり、手足が長く、指の長い、肩幅も足腰の太さも適度にある、姿のよい男です。
 切れ長の目に、通った鼻筋、形のよい唇。いわゆるシンメトリーな男です。

 夫の協力があったとはいえ、なぜ私からこのような美しい子が生まれたのか、我ながら訝しいくらいです。私の子作りの能力のぎりぎり最大限まで振り絞って作ってやったんだと、いつも恩着せがましく言っております。
 「母さんが作ったんでは、あんたが限界なんだよ。」
褒められているんだかどうなんだか、微妙らしいです。

 わけのわからない理屈を捏ね回す脳みそと、その中身を露呈する声帯がなかったら、私は私の作品に、飽きずに見惚れていることでしょう。

 今日、運転免許の更新に行ってきました。運転免許センターには老いも若きも大勢いて、見回していると、昔大人たちが言っていた、
 「若いというのはそれだけできれいなもんや。どんなボロを着てても、きれいなんや。」
ということがしみじみと実感されました。
 美しい若者が大勢います。それなりの子も大勢いますが。それなりはそれなりにやはりきれいなのに感動しました。

 私たちもそうだったんでしょうね。私も、それなりにきれいだったんでしょう。

 別にどうということはないのですが、昔おばさんたちが言っていたことが実感になると、言いがたい充足感と寂寥と感動がない交ぜになったような気分になります。

 でも、いやな気分ではないですね。

 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-28 15:11 | 世間のこと

この人を見よ。

ココ

をたまに覗いては、人間の想像力といいますか、妄想力というものの面白さに感じ入ります。

 しかし大体パターンは決まっているので、私のような面白がりかたで読まれているのか、本気で読んでいるのかちょっとわかりませんが、結構読まれています。

 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-27 10:16 | 世間のこと

ホリエモンはアントニオ

 ホリエモンを見ていて、いつも、
 「誰かに似てるのに、それが誰なのか思い出せない。」
ともどかしい思いをしておりましたが、数日前に、ハタと太いひざを打ったのでございます。

 
a0011256_2121942.gif


いかがでしょう。特に眉毛が似ていると思うのですが。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-25 21:06 | その他

エンターテイメントは必要です。

私たちの皮膚には、細い血管が網の目状に広がっていて、血液が流れている。もちろんそれは肺で酸素をたっぷり含んで、心臓から押し出されてきた血液なので、体の奥深いところから流れ出てきた、血液である。

 深部の体温が高くなると、私たちの皮膚の血管は拡張し、それで、肌の色が赤くなる。皮膚の真下にはたっぷり血液が流れ、外気で冷やされて体の深部にまた戻っていく。人間は体温が高くなるとこのように、放熱する。皮膚はラジエーターなんです。

 ところで、皮膚に血液がたっぷり流れるとき、放熱するだけではなく、その血液には、栄養分が含まれている。もちろん水分もある。

 人間の体温が上がるということは、放熱のついでに、肌に水分と栄養素をたっぷりと供給することでもある。

 かたや、皮膚は、基本的には分泌器官であって、消化管のような吸収器官ではない。吸収の効率は非常に悪い。

 よって、人間の肌を美しくするベストの方法は、運動で適度に体温を上げ、そのときに肌に流れる血液を良質のものにしておくということである。汗をかいたら洗って、水分が逃げないように少しクリームなどを塗っておけばよい。皮脂腺から出る皮脂が表面を覆うまでの応急処置でだ。

 不摂生をしながら高価な化粧品を使うのは、なんだかな話である。

 また、運動で適度に体温を上げ、そのときに肌に流れる血液を良質のものにしておくというのは、全身くまなく広がる血管を健康に保つ秘訣でもある。人間が健康的に年を重ねるためには、血管を健康に保つことを考えればよい。その同じことが、癌を予防する免疫力の向上にもつながる。

 しかしながら・・・、私なんか、やせ方はざっと百ほど知っておりますよ。健康になる方法だって、ひと様に教えてお金を頂戴するほど知っております。知っていることと、できることとは違うんでございます

 高価な化粧品とは、使うものが自己イメージをその化粧品のモデルに重ねて、ひと時勘違いといいますか、夢見心地といいますか、そのようなものを提供するエンターテイメントに近いことだと思えばよいのです。

 エンターテイメントは時には必要です。

 
 

 
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-24 22:00 | 恥ずかしいこと

私のお墓

 息子へ

 母さんが死んだら、火葬にして、その骨をどう使ってくれても、捨ててくれてもいい。

 花を供えたり、お経を読まなくても、恨んで出てきたりはしない。

 母さんと話がしたくなったら、骨などなくてもできるとは思うけど、何かよすががあったほうがもしもいいというのなら、灰を何かの入れ物にでも入れておけばいい。

 持っておくのがいやだったら、うちの花壇の隅っこに、壷なんかに入れないで、直に埋めて、その上に目印になる石ころを二つほど置いておけばいい。

 母さんが顔を見たことがないような子孫に墓の守などさせなくていい。母さんと付き合いのある孫ぐらいまでが、死んだ母さんを利用すればいい。

 「自分は一人じゃないんだ。」
と。
 「自分を大事に思い、愛した人がここにいるんだ。」
と。

 母さんは、あんたの子どもくらいまでは、あの世でも大切に思っているけど、そこから先まではきっと手が回らない。あんたが死んだら、同じように大切に思えばいい。

 あんたの子どもが死んだら、石ころの墓のことなど、誰にもわからなくなるのがいい。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-23 00:32 | 自分のこと

閉じていく感じ

芸術的に。

アタクシ国の奴隷観察記録

 面白いブログです。私が読みに行くとこ行くとこでリンクされているので、いってみたら面白いのでございますわ。すわっ!。

 インターネットという海の中で閉じていく感じでございます。
[PR]
by mayumi-senba | 2005-03-21 15:53 | 世間のこと