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三大ギタリストの共演が実現した奇跡のステージ

 ここで、エリック・クラプトンがかっこいいです。

 近づいたらケガしそう、な感じといいますか、いえ、近づくことが不可能なわけですが、少し遠くから眺めるのにぴったりで、ギターがうまくて声がよくてセクシーで・・・。
 世界の片隅でこんなことを思います。

  ジェフ・ベックは、若いころ好きになれませんでした。ギターそのものはいいですけど、なんか職人のように、まじめにまじめにギターを弾いてる感じがして。
 ところが、今聞いてみると、いいんですよこれが・・・。

 2回目を現在視聴中。
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by mayumi-senba | 2005-07-30 21:59 | その他

子どもたちのプレゼンテーション

 もう、3年くらい前になるのだろうか。
 もしかしたらもう少し前かもしれない。

 市民団体の主催で、子どもたちの何かをしたいという企画に対し、助成金を出すという催しがあった。
 子どもたちが、大人たちに向けてプレゼンテーションを行い、審査後に何組かに助成金を出すという企画だ。
 子どもたちは、中心は高校生だったが中学生もいた。小学生も混じっていたかもしれない。
 私は、何人かの審査員のうちの一人として招かれていた。
 
 子どもたちの企画は、キャンプだったり、劇だったり、内容として驚くような新鮮なものは無かった。 プレゼンテーションも、集団で出てきては、少しずつみんなが喋るというような、しかもおチャラケながらのもので、悪いけれども、小学校の卒業式のようで、しかもそこに寒いギャグが入るという感じの、少しいたたまれなくなる感じのものだった。

 その後、会場の大人たちや審査員からたくさん質問があり、子どもたちはそれに答えられずにしどろもどろになる場面があった。
 質問は、例えば、キャンプなら、なぜその場所を選んだのか。交通手段はそれが一番適当なのか。
 子どもたちのプレゼンでは、基本的なことが抜けている。大人たちはしっかりそこを突く。

 子どもたちは作戦を練り直し、最後にもう一度最終的なアピールを行うチャンスを与えられる。

 最後のアピールは、同じ子どもたちとは思えないほど立派で、大人たちの心を動かすものになっていた。
 「やってみなさい。あなたの成長に必要な経験をしておいで。お金が必要なら、出してあげよう。」
そう思える内容になっていた。

 私は、わずか2時間あまりの間に、子どもたちが驚くほど成長し、その成長を自分自身で実感している有様を肌で感じていた。子どもたちは喜びと自信を表情にたたえていた。

 こんな企画なら毎年でも参加したいと思ったが、残念ながら続いていない。
 大人も子どもも忙しいのかな。
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by mayumi-senba | 2005-07-25 10:47 | 世間のこと

戦時下の日常

料理教室
芭蕉の見た天の川

いつだったか、車の運転中にラジオから、

 「昭和20年○月、私は日本海のある研究室で、荒海や佐渡に横たふ天河、という芭蕉の句の研究していました。」

というような言葉が淡々と流れてきて、危うく聞き流しそうになったが、その時期は、私が祖母や両親から聞かされていたイメージからすると、
 「サイレンが鳴っては防空壕に入り、焼夷弾でだれそれが死んで大変だった。みんな食べるものに事欠いて大変だった。」
というようなもので、私の中では、映画やテレビで見た空襲の場面と重なり合っていた。

 ところがラジオから流れる聴取者のはがきの朗読には、青春を懐かしむ言葉だけが並べられていて、戦争を想起させるフレーズはついに無かった。
 私は強い違和感を持った。

 その時初めて、私たち戦争を知らないものがイメージする戦争は、実際の戦争とは大きな違いがあるのかもしれないと思った。

 あの戦争中にも日常があり、地域によっては、
 「何かしらの影響はあっても、どこか遠くで起きていること。」
という感覚で暮らしていた人たちがいたに違いない。

 私たちは今、間違いなく戦時下にある。
 いつ攻撃されてもおかしくない。
 その攻撃が正しいものだとは思わないが、事前にも、攻撃を誘発するに違いないと予測できた行為を、われわれが選んだ政権は実行した。

 しかし、私たちはのんきな日常を暮らしている。

 自衛隊の人たちのことは心配する。
 イラクの人たちはたいへんだし、そのほかの紛争地の人たちも大変だ。
 現地の人も派兵されている人も。

 でも、私たちはビアガーデンに行き、仕事をし、昨日の続きの日常を生きている。

 戦争というものは実感しにくいものかもしれない。

 
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by mayumi-senba | 2005-07-18 18:57 | 世間のこと

料理教室

 書いちゃっていいかな。

 職場のリハビリ室には、調理室があります。
 先日そこで、料理教室をしました。
 生徒は年頃の女の子二人。

 「先生、教え甲斐があるでしょ。」
と言っていましたが、確かに、基本的なことが落ちているのでそう思います。

 が、それはやはり私の若いころの姿でもあるので、懐かしく見ました。

 私は、料理がうまくなるコツは、人に食べさせることを目的にしないことだと思っています。
 自分が食べておいしいものを、時には人にも食べさせてあげる。
 これでいいと思います。

 おむすびを作るときに、どのくらいのご飯の分量で、どのくらいの握り方で、どのくらいの塩加減で、どの暖かさで、どんな味になるか。色々やってみる。
 作ったものを、すぐに食べる、時間を置いて食べる、もっと時間を置いて食べて、経時的な変化を体感するという作業も必要です。

 多くの失敗ではなく、実験をくりかえすことでしか、体得できないと思うのです。
 それが身についてくると、いま自分が食べたいものを作れるようになり、人にご馳走するときには相手の好みを推し量ってアレンジも利くというものです。

 
 一緒に料理するというのは、楽しいお祭り騒ぎでもありました。

 教えたがりん、はまたひとつ、先生を増やしてしまいました。
 
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by mayumi-senba | 2005-07-18 10:12 | 自分のこと

うちにかまける。

 ちょうど2年前に、自宅をリフォームしました。
 狭いながら、自分なりにとても快適な空間を作ることができました。

 今は、そこですごす時間がとてもくつろげて、いつまでもそこにいたいのです。
 そこで音楽を聴いたり、本を読んだり。
 お茶を飲んだり、お酒を飲んだり。

 どこかに行きたいという欲求が消えてしまいました。

 仕事を終えると、恋人に会いたくなるのに似た気持ちで、自宅に帰りたくなります。
 休日は、ずっと自宅で過ごしたい。

 自宅にかまけるというのはこういうことなんですね。

 若いころに、構造物としての自宅にかまけなくて、よかったと思います。

 もちろん私にとって、という意味です。

 
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by mayumi-senba | 2005-07-17 00:00 | 自分のこと

RAA(Recreation and Amusement Association)

8.18 内務省、地方長官あて占領軍向け性的慰安施設設置を指令。8.26接客業者らRAA(Recreation and Amusement Association)(特殊慰安婦施設協会)設立。

「新日本女性に告ぐ。戦後処理の国家的緊急施設の一端として、駐屯軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む。女事務員募集 。年齢十八歳以上二十五歳まで。宿舎、被服、食糧当方支給。」

の接客婦募集広告、銀座に現れる。8.27最初の施設、大森海岸の小町園に開業(英語名はずばり「Sex House」)を皮切りに、松坂屋地下の「」、向島の「」(高級将校用のクラブ)をはじめ、東京に三ヶ月間に25ヶ所の施設を設置した。公募された慰安婦は1,600に及んだ。
9.28*連合国側最高司令官、東京都公衆衛生局長に対し「女の調達」命令

日本の売買春の歴史より抜粋

 1945年、日本が敗戦を宣言してからわずか3日後、この施設は、良家の子女を守るため、一部の女性たちに駐屯アメリカ軍の性処理を担わせようとしたものです。
 募集広告には、「女性事務員」と書かれています。

 ここに参加した人たちの中には、原爆を被爆したため差別を受け、ふるさとを離れた人たちもいるということを聞いたことがあります。

  その話で、大体どのような境遇のかたがたがそこに身をおいたか、想像には難くありません。
 
 守る女と守られる女。威勢のいいことを言いやすいのは、男も女も、守られるほうなのでしょう。いえ、自分を人に守らせる立場の人でしょう。

 「戦争、戦争」というのは、いつも、自分がそこに行かなくてもすむ人たちです。

 RAAの設立を決めたのも、自分や自分の身内がそこに身をおくことは無い人たちです。
 そして、そこに身を置く人を蔑んだのです。彼女たちに助けられたと、感謝の言葉を吐いた人を、寡聞にして私は知りません。
 そんな感謝など、糞くらえ、ですが・・・。

 「自発的に」という言葉には、常に注意が必要だと思います。


 
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by mayumi-senba | 2005-07-16 02:43 | 世間のこと

人の恋路

笹の葉さ〜らさら

もうひとつ。

 
 わたしも恋人ができたら、最初の3か月くらいは何もかもサボります。仕事は手につかないし、本はろくに身が入らないし、ご飯は喉を通らないし。
 当然、女友達なんてないがしろにしまくります。
 恋をするのに、そのくらい燃えないでどうする.

 
 同感です。
 私も、恋人のいる友人にないがしろにされるのは、痛くも痒くもない。
 夢中になってる友人の、その愛らしさにうれしくなります。
 別れは、純粋に悲しみ、噛み締めればいい。
 そこにもし敗北感が混じるのなら、それは、世間からの刷り込みによるのでしょう。 

 無粋な話ですが、以前、
 イエローキャブと呼ばれる女の子達はバカだ!! 
という御仁と軽く論争になったことがあります。

 彼女たちは遊ばれているからだそうです。

 どっちにしても、人の恋路は面白くないのでしょうが、男が外国の女の子と付き合うのはかわいそうではなく、女の子が外国の男と付き合うのはかわいそうなんだそうです。

 この人の女性観が透けて見えました。
 かわいそうに見えるのは、彼の中の何かがそうさせるのでしょう。

 
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by mayumi-senba | 2005-07-11 18:58 | 恥ずかしいこと

星降る

笹の葉さ〜らさら

 私も恥ずかしいことながら、光化学スモッグに包まれて育ったものだから、いい年になるまで天の川を見たことが無かった。

 高校のころに、立山で夜空を見上げた友人が大騒ぎしているのに誘われて、コンタクトを外した目で一緒に見上げてみた。しかしいつものように、数えるほどの星が見えるだけの空。
 友人が、
 「ちゃんとコンタクト入れておいで!!」
というので、当時の言葉でいうと、ブー垂れながら部屋に戻り、よく見えるようにしてからもう一度見上げてみると、卒倒するほど驚いた。

 星というのは降るんですね。
 数え切れないなんてものではなく、天幕に溢れかえっていました。
 友人たちも涙を浮かべていました。

 それまで、天の川、というのは一年に一度、7月7日だけに見えるものだと思っていたんですよ。
 恥ずかしいけど、忘れえぬ感動でした。

 
この2人、愛し合うがあまりに仕事をサボってしまい、その罰として引き裂かれちゃったのね。


 こっちはなぜかちゃんと知っていました。
 
 
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by mayumi-senba | 2005-07-11 18:34 | 恥ずかしいこと

なんか失礼・・・頼朝像評

 教科書でなじみの源頼朝像は、肖像画の傑作として欧米でも高い評価を受けているようです。
 私も非常に好きな作品です。

 今日のNHK「新日曜美術館」で、この像が足利尊氏の弟、直義であるという説が紹介されていました。

 ところで、この作品についてアンドレ・マルローが、
「モナ・リザに匹敵する。」
と言った、と伝えられています。

 この評価の仕方は、なんか失礼。a0011256_17564445.jpg
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 平重盛像は、実は足利尊氏像ということだそうです。
 どっちもいい男・・・。
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by mayumi-senba | 2005-07-03 09:56 | その他

六者会談

 アラーとヤハウエ、阿弥陀の三者会談、聞いてみたいですね。

 マホメットとキリストと仏陀の会談もいいですね。

 六者会談も面白そう。

 日本の神様はちょっと数が多すぎて、それに、会談などにはならなくて、宴会になってしまいそうだし。

 ギリシャの神様たちは、あちこちで色恋沙汰が頻発する、てんでばらばらの集まりになりそう。

 インドの神様たちは、どうなんだろう。
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by mayumi-senba | 2005-07-02 22:08 | 疑問のまま