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記念日

 高校のころ、仲のいい友達がある朝言った。

 「今日はね、学校と全然関係の無いことで気分が落ち込んでるから、多分笑えないし、話しかけられても返事しないかもしれないけど、みんなには全然関係の無いことやから、気にせんといてね。気ー悪うせんといてね。明日かあさってには元に戻ってるから、私のことは心配せんといてね。」

 そしてその日の休み時間、彼女はほとんど一人で誰とも口をきかずに過ごした。
 
 私たちは、彼女に言われるがまま、彼女のいない仲良しの友人たちで、彼女のことをかなり気にかけながらも、話題にするのを憚って何とかその日をやり過ごした。

 本人が心配されたくないのだから、心配せずにはいられないが、心配しているところを隠すぐらいのことはしようと暗黙で了解しているのを、周りの私たちはお互いに知っていた。
 そして、黙ってはいても、私たちが心配していることを彼女が知らないはずはなかった。

 その翌日か翌々日、彼女は元の明るい高校生に戻っていて、私たちはみんなでお好み焼きを食べに行った。

 どうにもならない日には、こうやって過ごせばいいんだと、私はひとつ大人になるすべを学んだ気がした。私にとっても、何か名前をつけたいような記念日だが、何月何日だか覚えていない。
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by mayumi-senba | 2006-02-26 23:43 | 自分のこと

永谷園と紀文

ナースたちの控え室に行くと、たくさんのマイカップがあって、とても個性的です。
 私はそこにまだ自分用のものを置いてなかったのだけれど、
 「おやつをどうぞ。」
と言ってくれるので行ってみると、こんなのがあって、思わず、
 「欲しい!!」
と叫びました。誰のものでもなければぜひ欲しかったのですが・・・
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 昔、紀文の豆乳200mlの実物大消しゴムを使っていました。プレーンとココア味の2個持ってましたが、友達にココア味のを取られてしまいました。
 (当時プレーンは青いパッケージだったような気がする。)

 
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いまはこんなにいろんなものがあるようですが、私のはなんと言っても実物大でしたから。


 
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 これも消しゴム。
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by mayumi-senba | 2006-02-26 21:40 | その他

すごすぎる!

すごすぎる!神業な砂のアート

 xiaoxiaoさんのところからいただきです。すごいし、音楽もいいので、3回見てしまいました。私は、絵もすごいけど、消し方にしびれました。

 
これなんかもすごいですけど、一部CGでしょうか。

 子どものころ、「リレー」は練習したので、私は今でもできます。この前確認しました。
 若いナースが褒めてくれました。

追伸:リレーっていうのは左右の眼の黒目のリレーのことですよ。質問があったので。
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by mayumi-senba | 2006-02-26 21:13 | その他

オリオン座

冬の空

そうそう、私もそう!!

 友人に教えられたシチュエイションも、見上げた空にオリオン座を見つけたときに感じることも。

 
自分がちっぽけな頼りない存在に思えて、何かにどっぷり甘えているような、心地よい気分になるのです。


 
 
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by mayumi-senba | 2006-02-20 10:50 | 自分のこと

死ぬ準備

 刻一刻と時が過ぎ、自分の命が削られていくことに怯えていたのは、小学生のころだった。

 あのころ、残された時間が私よりもはるかに短い両親やおじやおば、そして祖父母たちが暢気な顔つきで日々を過ごしているのを、私はとても不思議に思っていた。

 命が尽きて、「自分」という意識を持ち、この身体を感じ、動かしている、このなんと呼べばよいのか、そのころの私は確か、「魂」と呼んでいたと思うが、その「自分」がいつかなくなってしまうことは確かなことであるし、その瞬間は刻々と近づいているのに、この人たちは怖くないのだろうかと、大人の底知れなさを訝しんでいた。

 私の周りの大人たちは、本当にのんきな人たちで、なぜか自分は幸せだと思っている人たちばかりだった。客観的な評価を気にしないし、多少の不幸は忘れてしまって、ツイていることだけが記憶に残るという、確かに幸せといえばこんな幸せなことはないので、今思い出しても、大太平楽な顔ばかりが浮かぶ。

 今、そのころの両親よりも年を重ねた私は、「死」をとても身近に感じていて、生きてそして死ぬ、ということが、とても自然なことに思える。

 明日死ぬことがあってはいけないので、恥ずかしいものはできるだけ処分しておきたいと思うが、淡々とそう思う。
 そう思いながら、もしかしたらかなり長生きするかもしれない。
 
 今の太平楽な私を見て、そんな風に思っている若い人はいるだろうか。
 息子は一時、
 「母さんもいつか死ぬんよね。」
としきりに言っていた。

 そんなことを考えていたら、久しぶりに妹から電話があって、いろんな話をする中で、

 「この間、窓を拭いていたらぎっくり腰になって、年取ったなあと思って。もういろんなことした。
しんどいことも楽しいこともいっぱいあったから、別にもう死んでも後悔無いな、と思うけど、平均寿命からいうと、まだ後40年以上生きることになるらしい。そう考えたらちょっとしんどいような気もするな。」

などと、病や事故で心ならずも亡くなった人が聞いたらどう思うだろうかというようなことをほざいていたが、実は私もちょっとそう思う。

 長生きしてもそれはそれで幸せだけど、明日死ぬようなことがあっても、もう十分楽しませてもらったから、という感じがある。

 死ぬ準備というのは、知らず知らずにしているものなんだ。

 こんなことを書いておこうと、ふと思ったのです。
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by mayumi-senba | 2006-02-19 22:30 | 自分のこと