「ほっ」と。キャンペーン

<   2007年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

源氏物語はオムニバス

  高校の頃に源氏物語をはじめて読んだときには、もちろんちっとも面白くなくて、そうはいっても国民的文学なんだから、入試に役立つ程度に読もうかと思って読んでみた。

 大学に入って少しは小説なども読むようになったが、私が好きな女流作家は、みんな源氏物語の現代語訳をしている。ということは、彼女たちはすべてこの物語のすばらしさを知っているということだ。
 
  私にはわからない。
  きっと若すぎるからだ。
 
 そうおもっていたが、実は未だにその面白さが分からない。
 分からないが、こういう見方ならいつか面白くなるかもしれない、と希望を持たせてくれたのは
 “魔女”が読む源氏物語という本だった。

 主人公を源氏と捉えるから面白くない。
 源氏は、それぞれの女性たちの個性を照らし出すためにすえられた、むしろ脇役であり、「源氏物語」はそれぞれの女性たちの物語のオムニバスととらえれば、仕掛けに合点が行く。

 視点を変えたとき、物語がまったく違った光と影で、別物のように見えるドラスティックな体験を誰しもするものだとおもうが、私はまさしくこれだった。
[PR]
by mayumi-senba | 2007-01-15 10:12 | 自分のこと

お人好し か?

 「日本人はお人好しだから、外国にいいようにされて損ばかりしている。」
と、驚くなかれ、60前後の男性が言った。しかも、ちょっとした地位にある人。

 今もなお飢えて死ぬ人たちがいる世界で、昔の王侯貴族でもたまげるような生活が「お人好し」に可能かどうか、ちょっと頭の回線を隣のシナプスにつなげ変えてみたらわかるはずだ。

 「お人好し」なのではなくて、使うべきところに頭を使っていない、といえばいい。
 
[PR]
by mayumi-senba | 2007-01-09 23:12 | 恥ずかしいこと

仕事

 自分の仕事が特にそうであるからか、
 「仕事とは問題解決である。」
と私は思っている。

 問題解決は、ある目標に向かう営みではなく、患者や家族のつらさを和らげるということであって、その方法、介入の強度は患者の数だけある。

 自分の感じでは、そこにいて、手渡された荷物をあっちに置きこっちに積み、中をあけたりあけなかったり、あけたものを磨いてみたり壊してみたり、よそに回したり持ち主に返してみたり。

 「これでも気に入りませんか?」
と内心思うことがあったり、
 「こんなんでいいんですか?」
と思ったり。

 目標を持たずに生きてきたなと思います。
 結構気に入っています。
 
[PR]
by mayumi-senba | 2007-01-09 01:07 | 自分のこと

個人について

 40代から50代の、悪性腫瘍のために予後の限られた患者の妻や夫が、本人の意思にかかわらず予後の告知を拒否するということが続いていて、この国の家族というものは、私には実感として理解不能だということがしみじみ思い知らされる。わからなくもないけれど、自分自身の予後について知る権利は、知らされることを拒否するのと同等の権利であり最重要の個人情報である。

 若い女の子の多くが、「彼氏の携帯は見る」というのはどうも事実のようだけれど、相手が許す許さないにかかわらず、犯してはいけないことをしているのだと私は感じる。

 携帯と、告知の問題の根っこはつながっている。
[PR]
by mayumi-senba | 2007-01-07 02:55 | 世間のこと

私だけの宗教

 近頃、死について考える時間が増えた。
 まったく考えないというような日はない。

  死にたいと考えるわけではない。
  死にたくないとも思わない。
  いつか死ぬ、ということを考える。
  
 父も母も、いつか死ぬ。
 自分も死ぬ。
 友人も死ぬ。

 不思議なことに、息子が死ぬとは思わない。

 今まで見送った人たちのことを思う。
 これから見送ることになる人を思う。

 そして、世界がいままでとは違って見えてきた。

 宗教とは何か、ということが、ずっと疑問だった。
 何かうっすらと見えてきたような気がする。

 とても単純なことで、誰でも知っていることかもしれないけれど、
 私はやっとわかった気がする。

 宗教の中心にあるのは、死、だ。
 死からはじまる思考や行動、感受性。

 釈迦もキリストもマホメットもなんだか身近に感じる。
 けれども、私には私の宗教がある。
 私だけの宗教。
 
[PR]
by mayumi-senba | 2007-01-04 02:08 | 自分のこと