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 「カフェ・ヒラカワ店主軽薄 」の小川国夫目線で紹介されている。


  光を集める生活は
  それだけ深い闇をつくり出すだろう

 父と話をした後、しばらくして眼にした。

 
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by mayumi-senba | 2007-03-26 19:44 | 世間のこと

男だと思うように

 少し前、久しぶりに実家に帰り、父と話が弾み、明け方まで話してしまった。

 父は、祖父や祖母、そして自分の若いころのことを話してくれた。いままでに結構聞いてきたつもりだったが、私がこの年齢になったからこそ、ということもあったのか、私自身子どもなりに見てきたことの、大人側の事情を話してくれたりした。

 子どもなりの推量があたっていたこともあり、また、大人になってから、
 「こういうことだったのかな。」
と思ったことが、あたっていることもあり、また、まったく別の事情があったということがわかったりした。

 そんな中で、腎移植の話題が出た。

 父は腎不全で、かなり厳しい食事制限に耐え、薬を飲んでいる。
 「栄養士の先生が励ましてくれるから、がんばれるで。」
と言った。そして私に、
 「腎移植についてどう思うか。」
と問う。もちろん、腎移植一般のことではない。病腎移植についてである。

 私は、
 「まだ真相が明らかになっていないし、自分の意見として答えられる段階にない。けど、あの先生を責める気にはなれない。
 ただ、移植医療そのものに対する懐疑はある。」
といって、その制度上の理由を幾つか述べた。海外で起こっていることも。

 父は、
 「そうか、そんな問題があるのか。」
と言い、
 「自分はもう年も年だからいいけど、若くて腎臓の悪い子は、ほんまにかわいそうやな。」
と続けた。

 そして次の話題になり、また別の話題へと移り、何の話のときだったか忘れたが、
 「お前のことは男だと思うように、いつもお母さんには言い聞かしてるよ。」
と父は言った。

 父と母にとって、私のことを男だと思うほうが心の収まりがいいのだ。

 寂しい思いをさせているには違いない。



 
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by mayumi-senba | 2007-03-26 19:28 | その他

百ます計算に思うこと

 中学の頃の数学の先生が、とってもおしゃべりで、それも、45分の授業のうち、30分くらい数学と関係のない話をする。

 私たちはその話が毎回楽しみで、というのも、おしゃべりが上手なうえに知的好奇心をそそる話を聞かせてくれるのである。

 「トカゲの尻尾の切り方を変えてみたら、いろんな形の尻尾ができる。」
だとか、
 「くすりが苦くないのは、そのまわりを砂糖で覆っているからで、薬というのは原価が安いのに、また、砂糖が安いときに仕入れておくとさらに儲かる。くすり九層倍という言葉があって、それぐらい儲かるの。でも、研究開発にお金がかかるからね。」

 化粧品の原価も教えてくれた。
 お母さん達は、コマーシャルを買っているのよ。

 散々そんな話をした後で、中学3年の数学の授業をする。要するに15分くらい。
 その15分がまたわかりやすくてたのしかった。
 宿題で例題をやるのも苦にならなかった。

 学校から帰っても、まだその興奮の余韻が残っていて、要するに知的好奇心のテンションの高さが維持されて、教科書を読んでみたり百貨辞典を読んでみたりしていた。

 それでいて、先生が教えてくれたクラスの数学の成績はよかった。

 百ます計算が大流行だが、そして山口県の小野田市などは市を挙げて取り組んでいるということだが、こんな先生はどうなるんだろう。大丈夫かしら。

 私も小学生の頃百ます計算をした覚えがある。楽しかった事を憶えている。でもそんなに長期間じゃななかったし、それをやる先生が特段ほめられているようには見えなかった。

 百ます計算は集中力がつく、という。それは事実だろう。しかし、ますへますへと草木がなびいては、いく通りもある集中力の付け方が捨てられていくことになる。

 正直言って、百ます計算は、世間が大騒ぎして
「それを取り入れなければ怠慢だ。」
等と学校に突きつけるような内容では、私はないと思っている。
 今、そんな傾向が出てきているのが気持ちが悪い。

 

 
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by mayumi-senba | 2007-03-20 00:52 | 世間のこと

警察や検察の皆さんへ

警察や検察の皆さんへ

 日ごろ、お勤めご苦労様です。

 息子が小さい頃、お祭りの混雑の中で迷子になって、この人ごみの中で踏み潰されていないか、誰かに連れて行かれてはいないか、心が張り裂けそうなときに交番から電話があって、
 「息子さんを預かっています。」
と聞かされたときには、日ごろまじめに応分の税金を払っていてよかったと思ったし、息子を不安にさせないよう、やさしく接してくれていた警察官に心から感謝しました。

 知り合いの若い警察官から、いわゆる「不良」と呼ばれる子達に対する思いや硬柔の心遣いを聴かされて、とてもうれしい思いをもしました。

 私の患者さんである知的障害のある若者を、「逮捕」という名目で実質は「保護」してくれていたことも、頭が下がる思いです。

 そんな皆さんが、悪質な犯罪から私たちを守るための捜査を、もっともっとやりやすいように、さまざまな障害を排除することができたらと、私とて思わなくはありません。

 けれども、私はこの前、70台も半ばの人から直接聞きました。

 戦争中に、してもいない博打を、「した」というまで逆さにつるされて、その下から煙でいぶされた。
 今は戦後で、「そんなことはない。」と私も思います。

 けれども私には、戦前や戦中の警察官や検察官が、今と違って質の悪い人たちだったのだとは到底思えないのです。皆さんと同じように、
 「悪いことをした奴を放っておいてはいけない。」
と思っていたのだと思います。

 違いは、組織のシステム、だと思います。
 これは私も今まで生きてきて、おかれた立場や権限、組織のシステムによって、同じ人の振る舞いがどれほど変わるかということをたくさん見てきたからです。

 いえ、あなたは変わらないかもしれない。
 しかし、あれだけの所帯です。どこの家にも一人や二人、性質(たち)の悪い人がおり、そして多くは煩悩を抱えた人間です。
 変わる人が多く出ても、私はちっとも不思議ではないと思います。

 ですから、不自由をかけますが、どうか、その不自由も国民のために必要な不自由であると、誇りを持って甘んじていただきたい。

 私は心からそう願います。



 
 
 
 
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by mayumi-senba | 2007-03-08 23:22 | 世間のこと