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大人を見ろよ

誤解を恐れずに書いてみようと思う。

 「片親に育てられた子はいかん。」
と祖母が言っていた。その祖母は、母を早くなくし、父親に育てられた。

 祖父の両親には、まさしくそのために結婚を反対され、跡取り息子であった祖父は一時勘当されたのだった。

 私は、祖母自らをまで含めた属性に対する差別的な発言に、ずっと引っかかっていた。

 いま、祖母が言いたかったことがわかる。

 もちろん、
 「片親に育てられた子はいかん。」
と思っているわけではない。

 子どもが育つ上で欠かせないことのひとつに、大人と同じ空気を吸い、大人同士の関係のとり方を学び、問題を処理解決していくさまざまな方法を観察する機会を、できるだけ多く持つということがあげられる。

 子どもには、大人から受ける愛情の土台の上にこれが不可欠だと思うのだ。

 祖母は、片親であるということでこの点においてハンディがある、と言いたかったのだと思う。

 私もそんな気がする。そして、大人がしなければならないことがわかるのだ。

 子ども同士で遊ぶことも大切だけれど、わが子もよその子もひっくるめて、大人の輪の中に引っ張り込んで大人を観察させる時間を持つことだ。

 子ども会やPTAはその意味で大切だ。

 参加しなかった私が言うのも変だけれど、
 「PTAの三役(会長、副会長、書記)は、会員に不始末がないように、地域の人に対して責任があるんですよ。」
と、膝から脱力するようなことを言った人がいたが、それは焦点があさっての方向と言うのだ。

 会社かなにかと勘違いしてはいけない。

 その組織は、何のためにあり、その役職は何に対してどんな責任と権限があるのか、少なくともそこだけは押さえられなければ、役に立つどころか害となる。

 それさえおさえれば、いろんな大人がいろいろやればいいのだと思う。失敗をして、それをどう取り返すのか、再発を防ぐのか。おとなにも、どの程度のことを「大きなこと」と感じるかにどれほどのバリエイションがあるか。他、いろいろ。
 見せておいてあげたいものだ。
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by mayumi-senba | 2007-08-27 23:29 | 世間のこと

限界を知る

 カミングアウトついでにカミングアウトしちゃおう。

 私は小学校のころ、校舎の廊下の柵を乗り越えて校庭の芝生に向けて飛び降りていた。

 自殺目的でも、衝動的な行為でもない。

 飛び降りる、という行為に熱中していたのだ。この熱中は、スポーツへの熱中に近いと思っていただければいい。

 二階からなら安全に飛び降りることができそうな気がしていた。

 それで、段差のあるところや階段、朝礼台、塀など、2階よりは低いところから徐々に飛び降りる練習をした。練習といってもひたすら飛び降りるのであるが、そしてもし見ている人がいたら、意味もなく同じことをくりかえしているように見えただろうが、これが毎回着地の感触が違うのである。ほぼ毎回満足な感触が得られたら、もう少し高いところから飛ぶ。

 2階は難なくクリアできた。何回飛び降りても危なげなく、安定した着地ができるようになった。
 くどいようだが下は芝生である。

 それで、それよりももう少し高いところを探して飛び降り、安定した着地を得る、ということを繰り返し、ついに3階の廊下の柵を乗り越えて飛び降りることができた。できたというのは、繰り返し安定した着地ができるということである。

 ここでこれが限界であると思いやめることにした。

 今思えば無鉄砲で馬鹿なことをしたものだと思うが、しかし、着実に技を磨いたものだとも思う。そして何かを得たような気もする。そのうちのひとつは、洗練されていく感じが身をもって理解したことだ。それと、限界を身体でわかるということだ。

 もちろん、もっと安全な方法でそれを学ぶことはできる。

 私はもうそんなことはしないが、考えてみたら自動車レースやスキーのジャンプ競技などは、これと同じことだ。

 

 
 

 
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by mayumi-senba | 2007-08-26 01:21 | 恥ずかしいこと

重い荷物

 「男女平等だというのなら、重い荷物を男にばかり持たせるな。」

と、ある人が夫から言われたことを、悔しさ半分、あきらめ半分で言っていた。

 彼女も私も女だが、私より体力が劣っている老齢の男性には重い荷物を持たせずに、自分が引き受ける。同じ荷物から受ける苦痛の度合いが違うからだ。

 もちろん、自分より力がないと思われる男の子や病を持つ人などにもそうする。

 重い荷物を持つというのはそれだけのことだ。

 恥を知る人が言える言葉ではない。

 
 
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by mayumi-senba | 2007-08-25 19:07 | 世間のこと

消えてなくなる

  少し迷ったが、やはり書いておこう。

  今日、近くのデパートに買い物に行って、地下駐車場からエスカレータに乗り、食品売り場に向かうときのこと。

  急に、消えてなくなりたい、という衝動に捉われた。

  私の周りを、目に見えない綿のようなものが取り囲み、少し息苦しい。

  どうして買い物などしなくてはならないのか、というところから、思考力がどんどん鈍くなる。

 それでも何とか野菜などの買い物を追え、外に出ると合点がいった。

 頭上に雲がどんよりとかぶさるようにひろがっていた。デパートに入るまでは雲がほとんどない青空だった。

 リウマチの人が、関節痛がひどくなるときに一致して起こるようだ。

 いつものことなので後で合点がいくが、実はその最中は、そんなことに思いが至らない。

 よく晴れて青空が広がると、うそのように消えてしまう「症状」だ。

 
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by mayumi-senba | 2007-08-16 00:14 | 自分のこと

アイデンティティ のこと

我が家のK嬢、あまり賢いとは言いがたい3歳7ヶ月、シーズー。

 彼女は、自分が何者であるのか、ということにまったく関心がないように見える。
 自分が賢いか賢くないか、チャーミングかそうでないかということにもまた関心がない。

 彼女が、かわいくもふてぶてしく見えるのは、この、「自分が何者であるか」ということに煩わされない、この一点に尽きる。

 ような気がする。

 人間であっても、そこにあまり関心を払わない、あるいは払わなくてもすむ、払う能力がない、というような人は、かなり気楽に生きている、ように見える。

 ある有能な女性が言った。
 「仕事ができない、といわれるのがいやだ。」

 私は彼女が大好きだが、彼女が「仕事ができないと言われるのがいやだ」といったその評価の主体である人は、どうでもいい。

 もっと言えば、その人に何を言われても、わたしは痛くも痒くもない。面と向かって言われたら多少不愉快かもしれないが、私の知らないところでなら、八百万言の悪口もかまわない。
 (最近中国のドラマを見るので、物言いがちと大げさ)

 自分が何者であるかという幻想を形成するのに、他者の眼差しが必要である。
 無論私もそうであるが、彼女は私よりしんどいだろうと思う。

 しかし彼女はむしろ自覚的なのである。自分をかきたてる者が他者の眼差しであるということに。

 もっとつらいのは、他者の眼差しと自分のそれとを区別できない人だろう。
 
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by mayumi-senba | 2007-08-13 21:50 | 世間のこと

結婚について

 私は、生まれてこの方結婚したいと思ったことがない。

 子どものころに花嫁衣裳やウェディングドレスを身にまとった花嫁を見て、自分の将来をそこに重ねることはなかった。

 結局結婚したが、それは親戚縁者との間に波風立てずに好きな男と付き合い続けるためにはそれしか方法がなかったからだ。

 小学校のころにはすでに、家事を一手に引き受けるくらいなら働いたほうがいいと考えていたし、もう少しものを考えるようになった中学か高校のころには、自分の将来を一人の男に託すというリスクを犯すことは、想定できないことだった。

 たとえばその男が心変わりをしないという保証がないし、自分自身が相手を一生連れ合いとして付き合っていけるか、そんな選択が自分に可能か、と問えば、そんなことは、あるかもしれないがないかもしれない。夫の浮気で泣いている、という相談は新聞やテレビにあふれかえっていた。

 たとえその男が一生浮気もせず、賭け事もせず自分を大切にしてくれるのだとして、さらに、まじめに家族のために働いてくれたからといって、その男の会社が彼を捨てない保証はないし、事業に失敗しないとも限らない。これも人生相談にあふれていた悩み事のひとつだった。

 私には、到底とることができないリスクだった。

 そして、それらの条件すべてがもしクリアされたからといって、私には家事を一手に引き受けることが楽しいことだと思えなかった。だから、「奥さん」としてベストの条件が整っても、それが私を幸せにするとは思えなかった。

 面白いことに、今私は料理が好きだし、洗濯や掃除の楽しさも知っている。

 けれども子どものころの結婚観は今も変わらない。

 危機のときにお互いが支えあえる関係が私は好きだ。

 つらいときに君の事は僕が支える、といわれるのはうれしいし、逆の立場に立ったら喜んで支えたい。

 もちろん、これが唯一正しい考えかただなどとは思わない。

 天然のフェミニスト、と敬愛する人にいわれた由縁だ。
 もちろん、ほめ言葉でも貶す言葉でもないだろう。
 
 私の個人的な結婚観には、社会の構造に対する考察がまったくかけている。


 
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by mayumi-senba | 2007-08-02 23:27 | 自分のこと