「ほっ」と。キャンペーン

<   2008年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

警官女性射殺で大家提訴

2008/05/29-11:57 警官女性射殺で大家提訴=アパート取り壊し-東京地裁支部
 東京都国分寺市で昨年8月、警視庁立川署巡査長が知人女性を拳銃で射殺し自殺した事件で、現場アパートの大家だった男性が、借り手がいなくなりアパート取り壊しを余儀なくされたとして、東京都を相手に約2520万円の損害賠償を求める訴訟を29日までに東京地裁八王子支部に起こした。
 訴状によると、アパートは1984年に建築され、2004年4月にリフォーム。少なくとも今後10年間で計約1800万円の賃料収入が得られた。しかし事件後、賃借人が「事件のあったアパートには住むことができない」と相次ぎ退去。建て直しても、事件を入居希望者に重要事項として説明せざるを得ず、新規賃借人は見込めなくなった。
 また、現場となったことで、警察への捜査協力に加え、殺到したマスコミへの対応に追われたなどとして、慰謝料100万円も合わせて求めた。

警官女性射殺で大家提訴

 気になって保存しておいた記事。

 私が賃貸物件で誰かを薬を使って殺害したうえ自殺をしたら、私の勤務先の病院はその家主から損害賠償を請求されるのだろうか。私の勤務先にはそんな責任があるのだろうか。

 犯人の勤務先が国家であるということで損害賠償するというのなら、賠償する主体となる国民は公務員の私生活にまで責任を負うことになる。それならば、われわれ国民は、公務員の私生活に相当縛りをつけなければならない。

 同じ理由で、私の勤務先の病院は、私の私生活に相当踏み込んで、監視管理するようになるだろう。

ps:息子いわく、犯人が占有者として拳銃を使っているということで、その所有者としての管理責任があるではないか、ということ。そういわれればそうだな。そんな簡単なことがわからなかったのか・・・・。

 
[PR]
by mayumi-senba | 2008-06-19 20:52 | 世間のこと

色っぽい幼児

 数年も前のことになるが、男性数人とテレビを見ていたときに、園児くらいと思われる女の子が艶な着物姿で、色っぽいしぐさで、男を思う女心を歌っていた。

 私は、若い女の子が露出度の高い服を着ているのを見ても、かわいいなと思うだけか、あんたではちょっと痛いな、と時々思う程度で基本的には気にかからない。むしろ、好感を持ってみている方だと思う。

 しかし、この幼女の搾り出すような色っぽさは、見るに耐えないものだった。自分がいったい何をしているのかわからない、その痛々しさに吐き気がするほどであった。

 「これはいけないと思うな。親もテレビ局も。」
と、私は言った。

 男たちは言った。
 「本人がうれしそうにしていることだから、いいんじゃない?」

 幼女がうれしいのは、なぜだかわからないけれど、くねくねとシナをつくって歌を歌うとまわりの大人たちがとても喜ぶ、そのことを彼女は喜んでいるんであって、あのように歌を歌うことではないのではないか。

 実際客席の大人たちはやんやの喝采である。

 彼女はこのテレビ番組以外でも、何度も同じように歌って、そして喝采を浴びただろう。喝采を浴びるたびに、彼女が大人になり、恋愛をしたときに、相手に贈るメッセージや、相手から受けるメッセージを、不適切に送ったり、不適切な受け取り方をするようになる気がしてならない。

 男と女や同性のカップルの間で交わされるコミュニケーションは、では何が適切かといわれると、一口ではいえないが、非常にまずいそれについては確かにあるのである。「適切でない」ものではないものが適切としか言いようがない。

 いつも適切なコミュニケーションが成り立つカップルばかりではないだろうが、そしてそんなカップルばかりの世の中なんてもしあっても退屈極まりないだろうが、みんな適切なときとそうでないときを経て、適切でなかったな、とか、このミッションは失敗だったなとか、そうやって味わい深く年をとっていくのだろうが、世の中には、このコミュニケーションについては「音痴}としか言いようがない人がいる。

 そんな人がいることで、人の世の中は深みを増すような気もするが、わざわざつくり出す必要はないと思う。

 

 
[PR]
by mayumi-senba | 2008-06-19 02:42 | 世間のこと

好きって言える?

 今日は、よく物思う日である。入浴中に思った。

 人に「好き」って臆せずに言えるということは、その対象となる人が、そういわれることをどちらかというと喜ぶに違いないと思われるときである。

 もしかしたらかえって嫌われるかも知れないと思っていれば、口にすることを躊躇する。

 わが子に対して、「好き」「好き」と繰り返しいう時、もちろんその気持ちにうそはないのだが、わが子がそれを喜ぶに違いないと絶大なる自信がある。
  アイドルや歌手、俳優、作家などを「好き」というときにも、躊躇はない。本人が聞いてるわけではないが、もし聞かれても、彼らが喜ぶに違いないと思うからだ。

 気にかかる異性では、場合によってはかえって嫌われる場合があると、若いころなら思う。同性の友人しかり。

 しかし、もはやオバサンとしてキャリアを積むと、何を「好き」というときにも、本心なら躊躇はない。そういって多少嫌われても痛くも痒くもなくなるのかもしれないが、でも、根拠のない「自分が好き」度がさらに上がっているからでもあるだろう。(世間では自己肯定感というらしい。)

 祖母が育てた人間は、みなこの調子で、オバサン度が高い。また、そのことを自分で気に入ってもいる。書いているとおばたちの姿が浮かぶ。それに自分が重なる。

  だから、気軽に「好き」というのはちょっとはしたない気がするが、そしてKY度もどんどん上がってしまうような気もするが、「好き」なものは「好き」。

 で、「好きな人」や「好きなもの」が増えてきて、ちょっと息切れ気味。


 

 
[PR]
by mayumi-senba | 2008-06-02 01:52 | 自分のこと

人の振り見てわが振り直せ。

母親による代理出産について思うこと

 この記事を読み直していて、その後のことを思い出した。
 
 私は幾人かの男性医師にこの話を振ってみた。代理出産をした母親の身体に加わる負担を医学的に慮ることができるであろうから、聞いてみたくなったのだ。

 「本人が同意しているならいいんじゃない?意外と体にもいいかもよ。」
というのがそこにいた二人の返事だった。

 徒労感を覚えながらも、私はこの二人に普段好感を持っているので、家族関係の中にある圧力、若いころでも大変だった妊娠出産そのもののリスク、免疫力が落ちた状態で乳がんや子宮ガンの危険因子ともなる女性ホルモンが大量に分泌されること、それが妊娠以外では生理的な量をはるかに上回ることなど、重ねて付け加えてみたが、反応は変わらなかった。
 もちろん彼らは産婦人科ではない。

 別件ではこれに匹敵することを、じぶんが言っていないかどうか不安である。言っているがわからないに違いない。そんな気がする。

 祖母が、「人の振り見てわが振り直せ。」
とよく言っていたが、わからないでは直しようがない。
[PR]
by mayumi-senba | 2008-06-02 00:02 | 恥ずかしいこと