ちょっと政治的 のつづき

ちょっと政治的

 何はさておき、少なくとも検察を含む各省庁の記者会見が、記者クラブの大手メディア以外のジャーナリストに解放されなければならない。

 そうでなければ会見に参加できること自体が既得権となり、役所が書いてほしくないことが書けなくなるのである。当たり前である。

 彼らでなくても記者クラブの中にいれば、その特権を担保してくれている役所の批判を容赦なく行うことができようか。

 それと、取り調べの全面可視化は実現されなければならない。

 取り調べが全面可視化化されない限り、自供は信用できないし、何より、日米地位協定がいつまでも改定されない。これがある限り、先進国並みの扱いを受けられない。

 この点においてアメリカに返す言葉がないのである。

 
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# by mayumi-senba | 2010-02-08 20:49 | 世間のこと

ちょっと政治的

 
考えてもみるがいい。政治的に何らの実績も責任もない一介の検事が、それなりの政治的実績を積み、国民からも支持されて国会議員となった者を、公訴権を持つゆえにその胸三寸によって翻弄してしまうというのは、どう考えても民主的で公正な権力バランスとはいえない。石川知裕議員の例はその典型である。もちろん、検察が法によって犯罪を追及するのは正当である。ところが、この正当以前の問題として、検察はその被疑者にたいして正当な法定手続き(デュー・プロセス・オブ・ロー)をしっかり守って対応するということがまったくできていないのである。

     ここ

 わたしも、小沢さんはさておき、検察のやり方にかなり問題があると思っている。

 なぜ「小沢さんはさておき」かと言うと、検察のやり方が非常に危険であると思うからだ。

 守りにくい法律、たとえば、道路交通法の速度違反、などでは、気が向いたときにこれと思うものを違反として取り締まることができる。

 結局今回は、虚偽記載、それも悪質性が証明できなければ、口頭で注意か悪くて罰金。実際悪質性は証明されていない。それを逮捕という形で世間に如何にも悪いことをしたという印象を与えることに成功している。

 マスコミの加担ぶりも凄いものである。なにがすごいと言って、検察への批判的な見方が全くと言っていいほど報じられない。

 こんな形で、ただ試験に合格したというだけの役人と、これも入社試験に合格して記者クラブに入って特権的に情報をもらっている記者たちに、選挙で選ばれた政治家が、政治生命を断たれる可能性がある、というのはゆゆしきことだとおもう。

 しかし、この問題は、彼らの個人的な資質がそうさせているわけではない。システムの問題だと思う。

 小沢さんの件については、じっくりで構わないし、時期的にいえば後回しにするべき問題である。今経済がどんな状況なのか、小沢憎しで踊っている人たちは分かっているのか。

 小沢さんが買った土地は、動かないし、一時的に所有したものも記録に残る。もし本当に悪質なら、時効が過ぎても、マスコミが追求すればよい。

 物事には優先順位というものがある。

 
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# by mayumi-senba | 2010-02-08 20:38 | 世間のこと

母親の親権独占は“誘拐事件”だ

 記事の紹介です。

 「人権、人権と言いすぎて、人権意識が強くなりすぎている。」
という物言いは、非常に浅はかなとらえ方だと思っています。

 人権とは、公共を支える土台になるものであって、まだまだ目を向けなければならないところが、気が遠くなるほどあるのです。

母親の親権独占は“誘拐事件”だ
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# by mayumi-senba | 2010-02-07 08:47 | 世間のこと

選ぶ表現

  twitterで、ここから、定期的に山頭火の句が送られてくる。

  いろんな呟き(とは言えない情報)に混じって、唐突に現れるので、その都度ドキッとする。

  
 月が昇つて何を待つでもなく 〔種田山頭火・其中一人〕

  産んだまま死んでゐるかよかまきりよ 〔種田山頭火・柿の葉〕

  日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ 〔種田山頭火・山行水行〕

  しみじみしづかな机の塵 〔種田山頭火・鴉〕


 そのことを男の友人に知らせたら、

 「いいね。」

と言うのに引き続き、

 「こちらに構える余裕も与えてくれず、ずんっと揺らぐような衝撃 たとえば、衝撃波で胆石を割るような、」
と形容した。

 私にはよくわかるけど、あまりに時代と世代を選ぶ表現である。
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# by mayumi-senba | 2010-02-04 21:52 | 病気

クロスオーナーシップ

  クロスオーナーシップは、先進諸国では日本以外に見られないらしい。

  実際新聞、テレビの報道を見ると、その弊害が著しいことがよくわかる。

  報道媒体同士の相互批判が決定的にスポイルされている。

クロスオーナーシップ

本来、マスメディア集中排除原則の観点から、新聞業と放送業などメディア同士は距離を持つべきとされる。

しかし、日本では最初に開業した民放テレビ局である日本テレビからこの傾向がある。同局は読売新聞グループの支配下にあり、経営面、放送内容などに新聞社の意向が極度に反映されることとなった。

一般的に、テレビ局が新聞社の系列の元に縦割りとなった原因は、1975年に行われたTBS(毎日新聞社系)の系列だった朝日放送(朝日新聞社系)と、日本教育テレビ(現テレビ朝日)の系列だった毎日放送(毎日新聞系)とのネットチェンジ(腸捻転解消)だとされる。これによりキー局と地方局、新聞社の関係が同系列で整理された。

また、系列の異なる新聞社が地元企業などと共同で出資したローカル局も新聞社とキー局が筆頭株主になるということで新聞社・キー局の出先機関と化した。現在は建前上は独立企業である放送局(特にローカル局)も一種の子会社レベルの存在意義である現状である。しかも、クロスオーナーシップの影響で新聞社>キー局>ローカル局という力関係ができ、新聞・テレビともお互いに方針に逆らいにくいという弊害が出ている。

日本では総務省令(放送局に係る表現の自由享有基準)にクロスオーナーシップを制限する規定があるが、一つの地域でテレビ・ラジオ・新聞のすべてを独占的に保有する状態を禁止する条項である。

ヨーロッパ先進国やアメリカ合衆国では「クロスオーナーシップ」を制限・禁止する制度や法律が既に制定されている。日本では「クロスオーナーシップ」が温存されているが、原口一博総務大臣が2010年1月13日の文化通信社のインタビュー[2]や、2010年1月14日の外国特派員協会での会見で「クロスオーナーシップ」禁止の法制化を行うと発言した[3][4]。

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# by mayumi-senba | 2010-02-02 22:51 | 世間のこと

身近な、冤罪かもしれない事件

 
2001年1月に広島市西区で起きた殺人放火事件で殺人や現住建造物等放火などの罪問われ、一審広島地裁で無罪判決(求刑死刑)を受けた元会社員中村国治被告(39)の控訴審判決が14日、広島高裁であった。楢崎康英裁判長は、捜査段階の自白の信用性を否定して検察側の控訴を棄却、再び無罪とした。 2009/12/15 中国新聞より


 詳しくは知らないが、 ここ http://d.hatena.ne.jp/ken-kataoka/20091215

で、フリーライターの片岡さんが傍聴して報告してくれている。

 身近に起こった、冤罪かもしれない、冤罪の可能性が高いような気がする事件です。

 現場は自宅から車で10分程度のところ。

  公判終了後、弁護人の方が会見で
 「中村さんは二度も死の恐怖を味わった。検察には上告せず、このまま確定させて欲しい」
みたいなことを言われていて、その言葉は重く感じました。


 冤罪で死刑になる、というのは、もし生まれ変わったとして、自分がその立場に生まれ変わるのは耐えられない、という立場の一つです。
 
 冤罪は、どんな司法制度の中でも避けられないコストなのかもしれないが、ならばそれを購う方法を、私たちは担保する義務があるし、場合によっては他人ごとではないのである。
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# by mayumi-senba | 2010-02-01 17:50 | 世間のこと

言っていいことと、いけないこと。

 「 深夜に若い女の子が一人で町を歩いていて暴行を受けたなら、その女の子のほうにも問題がある。日本以外、世界中でそれが常識である。」

ということを書いてあるのに、今日どこかで行き当たったが、どこに書いてあったかわからなくなってしまった。でも、そのものいいは、私も直接受けた経験がある。

 そういえば、前広島県知事もそんなようなことを言っていた。

 それで言うのだが、日本が、夜中に女の子が一人で歩いていても襲われることのない、あるいはそんなことが少ない社会であるなら、日本はそれを世界に誇り、世界が日本を目指せばよいのである。理屈が逆ではないか。

 また、どんな暗闇であっても、暴行はいけないのである。
 
 誰も見ていないところに財布が置いてあっても、それを盗んではいけない。

 責められるべきは暴行した奴。

 また、現在の日本の治安の良さは、世間の受け取り方とは別に、統計上、桁違いである。
 それは、世界から旅行客を呼べる重要な資源の一つでもある。

 少なくとも政治家には、言っていいことといけないことがある。

 もちろん、心中思うのは勝手である。

 

 

 

 
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# by mayumi-senba | 2010-01-31 16:51 | 世間のこと

従軍慰安婦問題について 2

  当時は合法だったから、責めるのは不当だという意見もある。

  しかし、私は、非合法だと言っているのではないし、責めているのでもない。

  たとえば、拷問による自白が合法的であった昔(今も存在することが強く疑われるが)のそれはひどいな、と思うし、ローマで行われた剣闘士は、奴隷の中の屈強なものを選んで、殺し合いを強要し、それが庶民にとっても娯楽であった、という事実は、ひどすぎるなと思うのだ。この、今現在の私が。

  歴史上そんなことがあったのだから、人間というものは条件が整えばそんなひどい仕打ちを当たり前だと思い、楽しんでみることすらできるものであるという、気色の悪い事実を受け止めるのである。

 そしておそらく、今の私もそれに近い仕業に加担している。

 それともう一つ、私は、子孫といえども、罪を犯したとされる人間の代わりに、当事者の同意もなく謝罪していいのだろうか、という疑念を持っている。
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# by mayumi-senba | 2010-01-31 09:53 | 世間のこと

twitterしてみた。

  鳩山さんもすなる、twitterをしてみた。

  私は、呟きたいほどのことはないので、もっぱら、フォロワー。

  やってみるだけのことはあると思います。
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# by mayumi-senba | 2010-01-29 22:37 | 世間のこと

権力闘争の構図

  権力闘争の構図

  近頃愛読しています。
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# by mayumi-senba | 2010-01-27 21:55 | 世間のこと

従軍慰安婦問題について

  知人が、従軍慰安婦問題について、
 「アメリカで在米コリアンからひどい言われ方をした。しかし、僕はきっぱり反論できる。」
と言った。

 根拠は、

  「日韓併合まで、朝鮮には奴隷制度があり、売春は制度的に存在した。日本がその制度をなくしたのである。日本では、人身売買は戦国時代よりのちに、少なくとも制度上はない。」

  これが何の反論になるのか私にはわからない。

  それで思い出したが、10年以上前に、フェミニストの女性から、
 「従軍慰安婦についてどう思うか。」
と、私には唐突に思えたが、そんなことを問われたことがある。

 私は、従軍慰安婦と呼ばれる人たちが、日本人に何人、朝鮮に何人いて、どういういきさつでそのようなことになり、どういう扱いを受けたのか、戦後、どのような生活を送るはめになったか、細かく詳しいことは知らなかった。

 で、私は答えたのだ。

 「戦争になれば、いつも、どこでも、性行為を強要される女性がいて、それは、日本にだけ起こったことではない。どこの国にも、そのような歴史があり、それらはすべて、いつのどこの時代だから許されるということではない。しかし、ほかの国のことは、その国の人がまず反省をし、日本人はまず日本人が行ったことについてしっかり反省しなければならないが、それはまだ十分には行われていない。」

 あまりも雑な議論であると思われたのか、彼女は何も答えなかった。

 その後、多少は知識も増えたが、今もなお私のこの問題についての考えは上記のレベルを脱していない。
 
 「お前の息子も万引きをしたのだから、うちの子の万引きを責めるな。」
というのは、心の中で思っても、「うちの子の万引き」について話しているときに、口にしてはいけない。

 何がいけないかと言うと、ギャラリーを意識していないからだ。言い合う相手の口は塞ぐことができるかもしれないが、ギャラリーはどう思うだろうか。
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# by mayumi-senba | 2010-01-27 20:58 | 世間のこと

フーヴァーの功績

今朝、出勤してナースたちに、
 「昨日のイブは楽しめた?」
と聞くと、ナースの一人が
 「先生、それは今日は禁句ですから・・。」
と低い声で言った。

 しかし、何を隠そう私は、そのイブの夜、かのジョン・エドガー・フーヴァー(John Edgar Hoover, 1895年1月1日 - 1972年5月2日)、アメリカ連邦捜査局(FBI)の長官が、実は、ゲイで女装趣味があった、という番組を見ながら、

 「今日は、イブだよなー。」
と思っていたのだった。

 そのことを打ち明けると、彼女たちは、おおよろこびした。

 
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# by mayumi-senba | 2009-12-25 21:20 | 恥ずかしいこと

One of many "The Platters"es??

昨日の夜は、ザ・プラターズのクリスマス・ディナーショー。

 「煙が目にしみる」、や、「夕日に赤い帆」は伯父がレコードで聴いていたので、耳になじんでいたし、好きなメロディで、楽しみにしていたが、ほんとに楽しかった。

 今、オリジナルメンバーが揃うはずがないので、メンバーがほとんど変わっているだろうとおもっていたが、事前に調べてみたら、アメリカに最低7つ、世界だと20はあるらしい。

 ザ・タイガースが解散してそれぞれのメンバーがグループを造ってはザ・タイガースと名乗り、それぞれのオリジナルメンバーが亡くなって、ジュリーもトッポもその他もいないタイガースがいっぱいあることがこの日本で想像できるだろうか。実におおらかである。

 だって、私が聞いたプラターズも、みんなすごくうまかったし、バービー人形みたいにきれいな女性シンガーと丸々して笑顔が愛嬌いっぱいの黒人シンガー3人の動きとともに聞く歌は、私の脳内エンドルフィン放出するにおいて、レコードで聴くオリジナルをはるかに凌駕するのである。

 とにかくチャーミング!

 また来てね♪
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# by mayumi-senba | 2009-12-24 21:56

神経質の別名

  神経質、といわれる人がいる。

  たとえば、薬を処方するときには、一応副作用について説明しないといけないので、たとえば、
 「肝機能障害が出ることがあります。」
というと、
 「そんな薬なら飲みたくない。」
と答える。薬を飲まない危険を説明しても、副作用、という言葉がもう魔物のように心を占めているのだろう。聞く耳を持たない。

  「血圧が高いので、薬を飲ませてほしい。」
というが、何度計測しても、高いとは言えない。いつ高いのかと聞くと、動き回ったとき、と答える。私たちがいう血圧というのは、安静時血圧のことで、動き回っている時ではない。また、その動いているときの血圧というのが、どうということのない値。
 血管が破れないかと不安なのだ。
 それぐらいで破れていたら、日本中脳出血だらけである。
 
 でも、これらはまだ本人が自分のことについての意思決定なので、私はとやかくは言わない。

  患者に意思決定能力がない時、家族にこの手の人がいると、患者の生活の質が格段に悪くなる。あらゆる危険を避けようとすると、じっと寝ていることですら危険である。

  どんな人生にも、危険と快適さとのバランスが必要だということが分からない。

  意思を伝えることができる間に、キーパーソンとなってくれる人を選べるなら選んでおいたほうがよいし、意思を伝えておくほうがよい。

 何が言いたかったか忘かけていた。

 神経質、というのは、鈍感の別名である。

 

 
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# by mayumi-senba | 2009-12-20 14:29 | 世間のこと

Hold me tight な夜。

上田正樹がやって来る!

  昨日の夜、ずっと楽しみにしていたディナーショー。

 1番前のほぼ真ん中のテーブルで、上田正樹に酔ってきました。

 大阪と奈良の境にある中華料理屋では、宝味鯛がお勧めだとのことでした。

 行ってみようかしらと思った私は、イカレています。

 おまけに、CDにサインしてもらって、握手もしたのに、帰りに寄ったバーのお手ふきでその手を拭いてしまって、
 「あっ!」
と叫んだ私は、そうとうイカレています。
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# by mayumi-senba | 2009-12-20 13:59 | 自分のこと

オッサン

 大根の葉っぱとじゃこの炒り煮をつまみに、バーボンを飲みながら司馬遼太郎の対談集を読んでいる私は、もしかしたらオッサンかもしれません。
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# by mayumi-senba | 2009-12-03 23:15 | 自分のこと

半側空間無視に思う

 脳血管障害後の後遺症として半側空間無視、という症状がある。

 右半分なら右半分が見えない、ということならわかりやすい。右半分の空間が見えていないということなら、みえていないということを認識しているので注意をするし、そちらを見たければ頭を右に回転させればよい。

 この、半側空間無視、という症状が厄介なのは、見えているが認識していない、という状況で、認識できていないということももちろん認識していない。

 たとえば食卓に並ぶ料理には、左半分しか手をつけない。歩いていると気には、右半身があちこちでぶつかる。右目が見えない人には起こらないことだ。

 たとえば全盲の疑似体験、聴覚障害の疑似体験なら可能なことで、かつ、想像もしやすいのに比べるととてもわかりにくい症状で、疑似体験の装置としてどんな仕掛けが可能か、私には全く考えられないし、実際そんな装置はない。

 ただし、理解は可能だ。認識していないことをどう理解すればよいか。

 犬の嗅覚は人間より1000倍~1億倍と言われている。すなわち、100万倍ということなら、空気中を漂う匂い分子の濃度が100万分の1でも嗅ぎ取ることができるということである。

 犬が認識している匂いを、私たちは認識できないし、そのことを、感覚的には認識できない。そのことを知識として知っているだけである。

 けれども私たちは、そのことで特段困ることはない、と思っている。もし犬に知性があったら、
 「不自由なことで、お気の毒に。」
と思うかもしれない。

 こうもりが空間認識をするのに超音波を使っているということだが、これも私たちには認識できない感覚だ。
そしてなくても困らない。

 私たち人間も動物たちも、そしてありとあらゆる地球上の生き物は、同じ空間で生活しながら、まったく異なる世界を生きている。

 一定の空間は共有しながら、そこに存在するあらゆる物理的、化学的な物質、エネルギー、速度、変化、時間などを感じる感じ方をシェアしている。

 私たちは、この、果てがあるのかないのかもわからない、始まりと終りがあるのかないのかも釈然としない宇宙の片隅の小さな空間(これは変かな、果てがないなら片隅はない)で、さらに空間は共有しながら感じ方をシェアしている。

 時間もシェアしている。私たちは生まれてそして死ぬ。

 私たちはあらゆる面で「部分」である。

 これらすべてのありとあらゆるもの、感じ方、空間、そして私が知らないなにか、全部ひっくるめたものを、私は「神」あるいは「超越者」と感じるのである。

 この部分的な感じ方で。
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# by mayumi-senba | 2009-11-23 23:25 | 自分のこと

愛について考えた。

  よく知らないけれど、「ミロス」という何かをメールで知らせてくれた若い人に当てたメールを残しておこうと思う。

 ○○さん、こんにちは。私は、「愛」とはなにか、ということを突き詰めて考えたことはありません。

 ただ、生きているだけで見えてくることがあります。それは、「愛とは何か」という問いにも、「愛の方法」にも、答えと呼べるようなものがたくさんあって、それらはすべて本当のことだけれどでも互いに全く整合性がないのです。

 私は数学や物理が好きな子でした。整合性のあることが好きな子だったんですね。ところが、整合性がとれないからこそ真実に近い、ということが世の中にたくさんあります。そのことを知ったことが、年を重ねてきてよかったと思えることです。

 私は、「愛」に原理はないと思います。ぼんやりとしてつかめないけれど、確かにそこにある、という形で存在するものだと思います。「ぼんやりしたイメージ」というのは、むしろ私には正確な表現に思えます。

 「ミロス」というものは、愛の一つの形を教えてくれるのかもしれませんが、「愛」とは誰かが「原理」と称し独占して語る言葉ではなく、多くの人の語る言葉や、多くの人の行いの中からそれを見出し、さらに一段と「ぼんやりしたイメージ」で膨らませていくものだと思います。

 私は、○ ○さんのメールの中の、「論理」とか「スッキリ解消され」という言葉に違和感を感じています。私が思う「愛」からは遠い言葉だからです。

 人は、答えがあるようでないような問いを抱えながら生きていくほうが、人としての深まりが増していくような気がします。

 今月初めに出会ったばかりのものなら、恋で言うならまだ何も見えずにのぼせ上っている時期です。

 いい、悪いということは言えませんが、宗教であろうとなかろうと今の段階で人に薦めるのは○○さんにとってプラスにはならないと思いますよ。○○さんのことが好きだから、あえてメールをします。

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# by mayumi-senba | 2009-11-22 20:17 | 自分のこと

インフルエンザの予防接種より大切なこと

今日、某課の某が、インフルエンザの予防接種の前の診察の時に、

 「先生、それより彼氏のできる注射、ありませんか!」

と言った。
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# by mayumi-senba | 2009-11-10 21:25 | 出来事

上田正樹がやって来る!

  今年の年末、ANAホテルのディナーショーに、上田正樹がやってくる!

  WEBで目にして日程を確認した、その直後に私は予約を入れた。

  今年は私にとって良い年となりました。

        以上 総括終り

 
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# by mayumi-senba | 2009-11-08 01:31 | 自分のこと